ラバーソウル(井上夢人)の書評・感想

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ラバー・ソウル

ぼくは、人を不愉快にする恐ろしい顔をしている。それはぼくの人生を大きく規定する、とんでもない要素だった。
ぼくの顔を見た人間は、皆凍り付く。こんな顔の人間などいるはずがないと、自分が今見たものを否定しようとさえする。両親でさえ、ぼくのぼくと距離をおいている。彼らも、僕を生んだことを後悔しているだろう。
人と会うことは、地獄の苦しみだった。学校など、地獄より酷い場所だった。人の悪意にさらされ続けて生きていた。何度も死のうとしたけれど、うまくいかなかった。
金山がいなければ、ぼくは社会生活を送ることはできなかっただろう。
両親が大金持ちであるために、ぼくは働きもせず、親の金を使い放題で生きることができる。金山は、元々は鈴木家の使用人で、もう長いことずっと僕の世話をしてくれる男だ。ぼくが唯一きちんと話をすることが出来る相手だ。基本的に家に引きこもって、ほぼ唯一の趣味である音楽を聴いて過ごしている。ビートルズに関しては詳しいなんてレベルではない。対外的なことはすべて金山に任せ、誰とも関わりを持たないまま生きてきた。
そんなぼくを変えたのが、一冊の雑誌だ。「ミュージック・ボックス」という音楽専門誌に読者投稿を続けたところ採用されることが多くなり、ついには〈すざきまこと〉名義で評論を依頼されるようになったのだ。
それまで社会との接点が一切なかったぼくは、これに狂喜した。自分が書いた文章を人に読んでもらえる、そしてその反応が返ってくる。今までのぼくには考えられなかったことだ。ビートルズの増刊を作る際には必ず寄稿し、〈すずきまこと〉の評判は少しずつ上がっていく。
しかしある時、恐れていた事態がやってくる。編集部に是非遊びに来てほしいと言われ、約束させられてしまったのだ。
思えばこれが、すべての始まりだったのかもしれない。勇気を振り絞っていった編集部では、ぼくの顔に恐怖を感じつつも歓待してくれ、また編集者の猪俣がコレクションを見たいからと自宅までやってきた。
そして、運命の連絡が猪俣からやってくる。撮影用にコルベットを貸して欲しいと言われたのだ。
その撮影現場でぼくは、モデルの美縞絵里と出会った。衝撃的な出来事があった後、なんとぼくは美縞絵里を自宅まで送ることになったのだ。
それが、すべての始まりでした。
というような話です。
なるほど、これはなかなか面白い作品でした。井上夢人は、なかなか仕掛けの多いミステリを出す作家だけど、この作品もやっぱり仕掛けに満ち溢れていました。さのせいもあって、書けないことが多いんだけど、まあ頑張ってみよう。
本作は、美縞絵里の生活を監視し続ける鈴木誠の人となりを、様々な人の語りによって浮き上がらせる作品です。鈴木誠と関わる人物、そして美縞絵里と関わる人物に様々に話を聞くことで、異形の顔を持って生まれ、これまで迫害され続けながら生きてきた鈴木誠という男の深さが描かれていく。
鈴木誠の行動原理は、なかなか凄い。
帯に、「空前の純愛小説」という言葉がある。本書を読んだ人は、鈴木誠の〈愛〉をどう捉えるだろう。もちろん、「空前の純愛小説」という捉え方は一つ正しい。でもきっと、そんな風に捉えない人もいるだろう。それを、〈愛〉なんて言葉で括っていいのか、と感じる人もきっといるだろう。
けれど結局、僕らには、鈴木誠の住む世界は、永遠に想像ができないだろう。

感想

僕は全然詳しくないんだけど、本書は章題がすべてビートルズの曲らしい。本のタイトルは、アルバムのタイトルなんだっけな。作中でも、ビートルズに詳しい鈴木誠による、ちょっとした遊び心やネタなんかが盛り込まれていて、恐らく僕が全然気づいてないようなところにも、ビートルズネタが隠されていたりするんでしょう。ビートルズファンなら、クスリとしてしまう場面が多い作品なのかもしれません。
なかなか書けることが少ない作品で魅力を伝えにくいんだけど、緻密に練り上げられたミステリだと思います。鈴木誠という、異形の顔を背負って生まれた男が初めて経験する〈愛〉を、是非体感してください。

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