エレクトラ 中上健次の生涯(高山文彦)の書評・感想

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エレクトラ―中上健次の生涯 (文春文庫)

本書は、熊野の「春日」という被差別部落で生まれ、『これを書かなければ生きていけないというほどのいくつもの物語の束をその血のなかに受け止めて作家になった者がどれほどいるだろうか』と著者に言わせるほどの稀有な作家として世に現れた中上健次という作家の生涯を、自身もまた被差別部落が身近にあった土地柄で生まれ育った著者が追った渾身のノンフィクションです。

『私は部落が文字と出会って生れ出た初めての子である』
中上健次は後年、そう書いている。

今でこそ非常に高い評価を得ている中上健次であるが、デビューしその才能が認められるまでには、恐ろしいまでの紆余曲折があった。
後に小説の中に書くことになる、実に複雑な家族構成の中で生まれた中上健次。被差別部落全体で一つの家、とでもいうような濃い血縁関係が存在した春日という土地。中上健次が後に全身全霊をかけることになる「熊野大学」の連続講義で、中上健次が春日の年寄りたちに話をしている場面で、著者が「そのどの腹から生まれてもおかしくはなかった女の年寄りたちをまえにして彼は」という表現をしている。被差別部落内以外での婚姻関係が成立しにくい状況の中で仕方ないとはいえ、この複雑な家庭環境は、後々まで中上健次の人格形成に、そして作品に大きな影響を与えることになる。
その最大の要素が、24歳で自殺した兄の存在だ。中上健次は、この兄の死を、ずっとずっと引きずって作品を生み出し続けていく。
「春日」という土地そのものがまた、大いなる歴史を背負った複雑な背景なのだ。
春日には、大逆事件の舞台となった浄泉寺がある。今では明治政府のでっちあげと判明しているこの大逆事件を描きつつ著者は、春日という土地がいかに平等を旨とし、また政府による弾圧に抵抗し続けてきたのかを描く。被差別部落というだけでなく、複雑な家庭環境というだけでなく、「春日」という土地そのものの背景も、中上健次という稀有な作家を生み出す根っことなっただろう。
字が読めず、本を読んでいると狂ってしまうと信じていた母親に育てられた中上健次は、とあるきっかけから大量の本と接することができる環境を得、やがて彼は上京する。早稲田大学を受験すると嘘をついて。予備校に通うと嘘をついて。亜細亜大学に合格したと嘘をついて。
中上健次の義父は、春日で成功した土建会社の経営者であった。中上健次が、ろくに仕事もせずに、文学を語ったり作品を書いたり出来たのは、この裕福な義父のお陰である。
上京した中上健次は、同人誌に詩や小説めいたものを発表する一方で、「ジャズビレッジ」というジャズ喫茶に入り浸るようになる。中上健次は、ジャズとドラッグと暴力の日々の中で、無軌道な青春を過ごすことになる。
そしてそんな折、やがて中上健次をデビューさせ、さらに中上健次に出世作を書かせることになる二人の編集者、高橋一清と鈴木孝一と出会うことになる…。
内容紹介はこのぐらいにしておきましょうか。
凄い作品でした。作家の評伝のようなものを、そこまでたくさん読んでいるわけではないのだけど、これほどの出自、これほどの経験、これほどの作品、これほどの人との出会いの中で生まれ出てきた作家というのは、そうそういないのではないかと思いました。
中上健次自身も凄いのだけど、何よりもまず編集者が凄いと僕は思いました。

感想

『文学などそもそも本のなかにはなく、健次の場合、その生い立ちのなかにこそ文学の芽はあって、その芽を育み土壌も稀に見る豊かさだった』と著者が語るほどの背景を内包した、中上健次という一人の偉大な作家の生涯を、膨大な作品群を読み解き、様々な人からの証言を集め、再構成していく。正直僕には、著者による中上健次作品の解読なんかは難しいなと感じられたのだけど、中上健次という一人の男の人生を追いかける物語として非常に面白く読みました。是非読んでみて下さい。

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