去年はいい年になるだろう(山本弘)の書評・感想

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去年はいい年になるだろう(上) (PHP文芸文庫)

物語は、2001年9月12日の朝から始まる。
その日山本弘は、妻の真奈美と娘の美月がテレビに釘付けになっている光景を目にする。
ビルに飛行機が突っ込む。
衝撃的な映像だった。特撮マニアである山本弘には、それが作り物ではないことが瞬時にわかった。二つの巨大ビルが、いとも簡単に倒壊する。これだけの大惨事。死者はとんでもない数に上るだろう。
「このように、本来の歴史では、9月11日に起きた同時多発テロにより、実に2973人の犠牲者が出ました」
2973人か。やはり多いな…って、ん?
美しい顔をした、国籍が判然としない美しい女性は、「本来の歴史では」という言葉を使った。
「しかし、ご安心ください。この事件は起こりませんでした。私たちガーディアンが阻止したからです。」

ガーディアン。

24世紀からタイムマシンでやってきたというアンドロイドだそうだ。人間とまったく同じ見た目で、同じように喋るが、テレビの向こう側では自らがロボットであることを示すパフォーマンスを行なっている。

なんだこれは?

次第に状況が明らかになっていく。彼らガーディアンは、世界中の軍隊の武装を一瞬で無力化したのだという。同時に、貧困や暴力のはびこる地域に赴き、人道的活動を始めているのだという。これから起こる地震の予知をして警戒を促し、現代の技術では生み出せないテクノロジーや薬などの知識をあちこちに提供している。
彼らは、1年毎にタイムトラベルしてはそこに10年留まり、人類の歴史をよりよくするために、人間には対処不可能なレベルでの介入を行なってきたのだという。彼らアンドロイドには、「人間を傷つけない、人間を守りたい、人間を幸せにしたい」という本能が備わっており、戦争や暴力によってしか物事を解決できない人間を救うため、あるいは富の偏在や思想の偏りなどによって苦しむ人を解放するために、分を弁えつつ人間の歴史に介入してくるのだ。
SF作家である山本弘は、これで作家としてやりづらくなったなぁ、と感じている。未来においてこんなことが成し遂げられている、未来はこんな風になっている、というものを描くのもSF作品の常道だが、ガーディアンによってもたらされる様々な情報によって、SFが成り立ちにくい世の中になってきてしまっている。実際、今書いている小説は没にするしかないだろう。なかなか自著が売れなくなっている時代、愛する妻と娘を養っていくために、どうにかしなくては。
そんなことを考えている最中、山本弘は驚くべき訪問を受けることになる。
ガーディアンだ。
人類と友好的な関係を築くために、あらかじめ全世界で120万人の人間を選んでガーディアンが接触してくる。AQと呼ばれるその対象に、山本弘は毎年選ばれているのだそうだ。
彼は、未来の自分が送ってきたメッセージや、未来の自分が書いたという小説の存在に困惑し、何よりも目の前にいるカイラ211というアンドロイドの存在をどう捉えていいのか分からないまま、出来るだけ日常を過ごす努力をしつつ、自分の身に降り掛かってきた非日常をやり過ごしていく…。
というような話です。
SFは基本的にあんまり得意じゃないんですけど、山本弘と小川一水は大好きなんですよね。正直、山本弘のSFってあんまり読んだことなかったんですけど、本書もやっぱり、SFが苦手な僕でも十分以上に楽しめる作品でした。

感想

驚かされたと言えば、作中に登場する小川一水が非常に面白い指摘をする場面があって、まあ実際は山本弘が考えている描写なわけなんだけど、SF作家ってのは面白いことを考えるよなぁ、と思いました。なるほど、そんなこと思いつきもしませんでしたよ。
SFというと、何百年後の世界で宇宙船がとか、コールドスリープで他の惑星に、みたいな印象があるけど、本作は、僕らが生きている現実の世界を舞台にして、そこにガーディアンという異物を投入することでどんな反応が生み出されるのかを楽しむ作品です。SFなんで時々聞きなれない単語とかも出てくるけど、山本弘の描写は読みやすいし、それらの単語が特別重要ってわけでもないから、よくわからないまま読み進めることになっても大丈夫です。人間の存在そのものを問いかけるような深い内容になっていて、実に面白いです。是非読んでみて下さい。

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