ここは退屈迎えに来て(山内マリコ)の書評・感想

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ここは退屈迎えに来て

本書は、都会から地方に戻ってきたり、ずっと地方にいて悶々としている人たちを描いた8編の短篇集です。連作短編集というほどの繋がりはないのだけど、個々に緩い繋がりがある。

「私たちがすごかった栄光の話」
私は、十年東京にいて、地元に戻ってきた。時期は違うけど同じように十年東京にいて地元に戻ってきたカメラマンの須賀さんと組んで、ライターの仕事を細々と続けている。
母親のおせっかいで、中学時代の親友であるさつきちゃんと久々に会うことに。久しぶり感の気まずさを紛らわせようと、私は、同じ高校に通ってた男の子を誘ってみることに。

「やがて哀しき女の子」
森繁あかねは、その村では異質な美しさを放っていた。オーディションでとある映画のヒロインに選ばれ、それから雑誌の専属モデルを務めたが、今では地元に戻ってスタバの店員をやっている。流しのスタバ店員である山下南と仲良くなり、続々と結婚していく地元民たちをバカにしつつ、くだらない会話で盛り上がる日々。

「地方都市のタラ・リピンスキー」
ゆうこは、心を慰めてくれる名言をケータイのメモ欄に書き溜めていて、辛くなるとそれを見て気分を落ち着かせる。自身の中にもう一人の自分を飼っていて、もう片方は、世界的な活躍をするフィギュアスケーターだ。半端ない記憶力を活かして、ゲーセンのクイズゲームで時間をやり過ごす日々。その店員が、かつての同級生だった。

「気味がどこにも行けないのは車持ってないから」
バイトを終えてコンビニから出ると、遠藤が待っている。私を送り迎えするためだが、食事をしてセックスをしたいとも思っている。私は、断る方が面倒で、別にしたくもないセックスをしてしまう。なんか、気づいたら、遠藤しか周りにいかなかったのだ。

「アメリカ人とリセエンヌ」
大学に一人だけいる留学生。アメリカ人のブレンダはいつも一人で、だからわたしは話しかけて親友になった。アメリカ人に生まれてたら、きっとわたしの人生はまるで違ったものになっていたはずなのに。ブレンダは、わたしが憧れる素敵なアメリカ人ではなかったけど、でも一緒にいるとよく思う。

「東京、二十歳。」
朝子は、家庭教師のまなみ先生の家で勉強を教わっている。うちとはまるで違う部屋。一人で暮らしているそのスタイルへの憧れ。東京の大学に行くことを猛烈に反対されたというまなみ先生は、朝子が東京の大学に行くことを望む。
東京で朝子は、どこに行ったらいいのかわからない女の子になった。

「ローファー娘は体なんか売らない」
学校から出ると、正門前に車が停まっていて、彼女は駆け寄る。顔は若そうなのに禿げ上がった頭。同級の女の子たちはきっと、『生理的に無理』っていうんだろう。彼女には、その感覚は薄い。逆に、母性本能をくすぐられるような感じもある。ホテルに行って、彼女は服を脱ぐ。

「十六歳はセックスの齢」
周りがどんどん処女を捨てていく中、早生まれのあたしと薫ちゃんは、16歳になったら処女を捨てようと話をする。でも、みんなからのリアルな話を聞いて、セックスってなんか怖そうに思えてくる。オナニーの不健全さに嫌気がさして「断オナニー宣言」をしたり、セックスしてくれそうな大学生を探そうとするも、なかなかうまくいかない。そんな時、薫ちゃんが、物凄く名案を思いつく。

というような話です。
それぞれの切実さがにじみ出る作品で、なかなか面白いと思いました。

感想

彼女たちが生きている世界は、あまりにも狭い。その狭い世界からどうにかして抜け出せば、たぶんそこには『他人には理解できないかもしれないけど、あなたにとって最高の幸せ』が存在する可能性があるんだけど、でも、その一歩を踏み出すのには、なかなか勇気がいるものだ。
生きづらい世の中になって、特に地方に生きる若者の生きづらさみたいなものはあるのだろうと思う。もちろんそんな風には思わない若者もいて、そこに分断がある。きっとその分断は、これからも徐々に広がっていくのだろう。ミシミシと静かに音を立てながら裂け続ける溝の音を聞きながら、僕たちはこの世界に生きる。そんな同志たちが、きっとどこかにいるんだな、とそんな風に思わせてくれる作品でした。読んでみて下さい。

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