十六夜荘ノート(古内一絵)の書評・感想

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十六夜荘ノート (一般書)

大崎雄哉は、最年少で管理職になり、グループ長として売上増に邁進する、超エリート街道まっしぐらの男だった。効率や利益以外のものにほとんど関心を示さず、利益を生み出さない部下に容赦がなく、また付き合う女性にも「高給取りである自分」に惹かれているような分かりやすさを好んでいた。とにかく四六時中仕事のことばかりで、雄哉にはそれ以外なにもなかった。しかし、それは雄哉にとって何よりも充足した人生だったし、それ以外の人生なんてまるで理解できなかった。
そんな雄哉に、ある日青天の霹靂のような知らせが舞い込んでくる。
相続される土地があるというのだ。
母方の祖母の姉、いわゆる「大叔母」である笠原玉青が、ロンドンで亡くなったのだという。玉青は、笠原家の親戚の間では有名な存在だ。葬儀などの集まりで、聞くともなしに聞かされた。
戦前華族だったという笠原家にあって、玉青は「不良娘」と罵られていたようだ。「日本にいつかない、変人の独身女」と言われ、戦時中憲兵に捕まったとか、戦後水商売をしていたとか、良からぬ噂が山ほどある人物であった。
その大叔母が死んだところで、何の関係もない、はずだった。
玉青は雄哉に、目黒区の御幸が丘にある土地と建物を相続するとしていた。
御幸が丘といえば、「東京の住みたい街ベストテン」では必ず上位に入る街だ。どうでもいいと思っていた大叔母の死が関心ごとになってきた。
しかしその土地は現在、「十六夜荘」という名のシェアハウスになっているのだという。シェアハウス?どんな人間が住んでいるのか知らないが、碌でもない連中だろう。さっさと追い出して建物も壊して、何か新しいものでも建てよう。
雄哉はすぐに動き始めた。
しかし、すぐに壁にぶち当たる。その土地の権利者には、玉青の他にもう一人名が連なっている。その人物が誰なのか、さっぱりわからない。一応何かあった時のためにこの人物を探し出し、話をつけておかなくてはと言われるが…。
一方、昭和13年から昭和22年までの、現在「十六夜荘」になっている建物で暮らしていた玉青らの生活が描かれる。
華族であった笠原家は、大層なお屋敷にお手伝いさんを住まわせ、戦時下の厳しい状況の中でも、それなりの生活をすることが出来ていた。
しかし華族ではあったが、玉青らの生活は決して『普通の華族』のものではなかった。
玉青の兄である一鶴がそもそも変わった人物であった。職業軍人であり、しかも本家であったが、一鶴は非常に柔軟な男で、自身が所属する報道部の仕事と称して、フラフラしている画家たちを離れに集め、そこで絵を描かせることにした。軍を礼賛するような絵しか認められなかった時代に、描きたいものを描きたいように描かせる場を作り出した一鶴は、分家から非難の声も上がる。それは、いい年をして嫁に行かない玉青にも向けられるのだった。
次第に戦局が厳しくなっていく中、戦時中とは思えない長閑さを醸し出す離れに、玉青は救われるような気持ちになる。誰もが「お国のため」といい、あらゆる価値観が締め出されていく中、玉青は、自らが正しいと信じた道を歩んでいく決意を、少しずつ固めていく…。
というような話です。
これはいい話だったなぁ。物語のエンジンが掛かるのがちょっと遅い印象はあるんだけども。
いや、もう少しちゃんと書くか。

感想

ラストに近づいていくに連れて、本当にどんどんよくなっていく感じで、雄哉の価値観がどんどん変化していくその頂点と、玉青の人生の激動さの頂点とが重なりあう辺りは、本当にいいなぁ、という感じがしました。今は亡き、生前もほぼ会ったことのない、親戚中から不良娘と蔑まれる一人の女性の生き様が、時代も国境も超え、狭い価値観の中で突っ走っていた一人の若者を変化させていく過程は、なんか凄く面白いです。
見も知らぬ親族の人生が関わってくる、という物語のスタートは、なんとなく「嫌われ松子の一生」っぽい感じで、戦時中の玉青の物語はなんとなく、「小さいおうち」を彷彿とさせました。「普通」の基準が異なる人たちとの闘いが描かれる作品で、雄哉の価値観の変化が、そして玉青の底知れぬ強さが、読んでいて爽快な感じがします。是非読んでみて下さい。

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