泣きながら、呼んだ人(加藤元)の書評・感想

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泣きながら、呼んだ人

本書は、4人の男女が主人公となり、4組の母娘の姿を描く、連作短編集です。

「ハルカの場合」
ハウスメーカーから独立しインテリアコーディネーターになったハルカは、兄嫁と共に、亡くなった母親の部屋にいる。部屋の片付けのためだ。
兄嫁との関係がうまく行かなくなって実感を出ていった母親は、マンションに移り住み、以後ずっとそこに住み続けた。部屋は、インテリアコーディネーターのハルカでなくたって嘆きたくなるような惨状で、要らないものばかりが散乱する恐ろしく散らかった部屋だった。
代々続く小料理屋『まつ川』を継いだ兄は店の準備で忙しく、妹は二人の幼子を抱えて出てこれない。子どもの頃からそうだったけど、結局母の遺品整理という貧乏くじを引かされるのはハルカなのだった。
兄は男の子だから多少のことは仕方ない。妹はまだ小さいんだから仕方ない。ね、分かるでしょう?
母親はそうやって、昔からハルカに我慢を強いた。ずっと母親には、親しみを感じられないままだった。
遺品整理をしていると、母親がそこにいた。幽霊になって出てきたようだ。母親は、何か伝え忘れたことがあって化けて出てきたようだ。

「菜摘の場合」
ハウスメーカーで働く哲郎は、妻の母親にうんざりしている。
引っ越すなら実家の近くがいい、という妻の意見に賛同した哲郎だったが、まさかここまで入り浸られるとは思わなかった。大体いつも、家に義母がいる。妻が妊娠した今、さらにその傾向に拍車が掛かっているように思う。
義母は、話がまるで通じない人間だ。義父は常に苦々しい顔をしているのだが、その理由の大半はこの義母によるものなのではないかと思う。自分の考えの正しさを微塵も疑うことなく、自分の思った通りに事が運ぶべきだと考えているようなのだ。そして、妻もそんな義母の様子に異を唱えることがない。哲郎としては、なかなかしんどい。
赤ちゃんが女の子かもしれない、と分かった瞬間、義母から出産のお祝いの話くる。おひなさまとかどうでしょう?それを聞いた妻の顔色が変わった。

「千晶の場合」
母方のおばあちゃんの家を取り壊して新しく家を建てるらしい。そう聞いて、千晶は久しぶりにおばあちゃんの家に行くことにした。
千晶は子どもの頃から、よくおばあちゃんの家に来ていた。
千晶のママは、千晶がするあらゆることに口を出してきた。
「千晶が二十歳になったら、ママはもうなにも言わないわ。それまではママの言うことをよく聞いてね」
そう言われて、初めこそママの言うことを律儀に聞いていた千晶だったが、大きくなるに従って次第に、ママの言っていることのおかしさが理解できるようになってきた。ママのせいで何かうまく行かないことがあると、千晶はすぐおばあちゃんの家にいって、話を聞いてもらっていたのだ。
ママの期待に沿って栄養士になった千晶は、学校の給食センターから保育園へと職を移していた。そこで出会ったたまえちゃんとその父親と、よく関わるようになっていく。

「芙由子の場合」
歯科医を開業している親父殿の期待を裏切り獣医になった亮平は、一人娘であるたまえを預けている保育園の栄養士と再婚することになった。
離婚歴のあるコブ付きとよく一緒になってくれるものだ。
そっちはとりあえず、概ね順調だ。
問題は、姉の芙由子だ。
亮平がまだ幼い頃、母親は我が家を出ていった。親父殿はその後後妻を迎え、亮平も芙由子もそれなりにうまいことやってきたのだが、ある時をきっかけに芙由子は一切生みの母親と会わなくなってしまった。

感想

劇的なことが起こらない、ごくごく普通の物語は、その良さに気づくことがなかなか難しいかもしれない。僕自身も、どこまでこの作品の良さを気付けているか、それにはあまり自信はない。でも、小説をたくさん読んできて、『普通のこと』こそ書くのが難しいんだろうな、ということがなんとなく分かってきた。それは、何が起こったわけでもないある日の日記を一週間後に思い返して書こうとしているような難しさかもしれない。何か劇的なことがあった日の日記は、時間を置いても書きやすいだろう。でも、なんでもなかった普通の日の日記を後から書くことは、とても難しいはずだ。本書は、そういう感じにとても似ている。当たり前過ぎて普段意識しもしないようなことをサラッと描き出すのが巧い
決して特別なことが起こるわけでもない母娘の日常が丁寧に描かれていきます。やはりかつて娘だった人、今母親である人、そういう方が読む方がグッとくる作品なのだろう

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