コロンブス そっくりそのまま航海記(ロバート・F・マークス)の書評・感想

1422views黒夜行黒夜行

このエントリーをはてなブックマークに追加
コロンブスそっくりそのまま航海記

本書は、『世紀のアホども』による、超絶的な爆笑冒険記です。
この冒険の要約は、まさに本書のタイトルがその役割を担っています。
ロバート・F・マークスは現在、アメリカでのスキューバダイビングの先駆者として、また水没船などの引き揚げの実績などで知られるアメリカ人である。彼は若い頃から数々の冒険に繰り出し、著作は60冊を超えるという。
本書は、そんな彼が航海士として参加した、破天荒・はちゃめちゃな冒険記です。
元々彼は若い頃から、沈没船に多大なる興味を抱いており、そのためにとんでもない量の資料と格闘することも厭わなかった。彼は、スペインのガレオン船について、信頼出来る調査が行われていないことを知り、じゃあ自分でやるかってなもんで、索引も整理されていない魔窟のようなスペインの図書館に通いつめては、当時の資料を漁りまくっていた。
そんなある日彼は、ふとこんなことを思ったのだった。

『新大陸貿易を統率する官僚向けに記された公的な記録文書の多くには欠けているものがひとつあった。人間的要素だ。つまり、当時そうした貿易船に乗って航海するのはいったいどんな感じだったのだろう?どんな恐怖やストレスにさいなまれたのだろう?dのようにして食料を維持したのだろう?ワインは?いかにして暴風雨を乗り切ったのだろう?モーターもなしで凪ぎのときは?わたしにはわかる。毎回どの後悔も冒険だったのだ。人が死に、たえず祈りを捧げていたのだ。<新世界>に魅了されながらも、多くの果敢な男たちが当時のそうした船で航海することを拒んだ。』

さて、ここからさらに、彼の思考はこんな風に飛躍する。

『これらの問い―心理学者なら人間的要素と称するだろう―に対する答えの探求が、ある考えを導いた。いっそのことスペイン式ガレオン船の正確な複製を作って、それで大西洋を横断してみたら?』

アホである。この時点でこの著者は頭がおかしいとしていいようがない。
しかし、頭がおかしい人間は、やはり世界中にはいるものである。
著者がそのプロジェクトに邁進し始めた頃、一人の見知らぬ男から彼の元に電話が来た。
「(コロンブスが乗った)ニーニャ号の完璧な復元船を作っている最中で、その船でアメリカへ航海したいと思っている」
その男の名は、カルロス・エターヨ。最終的に、ニーニャⅡ世号の船長になるスペイン人である。
カルロスの親友の一人に、コロンブスの直系の子孫がいた。ある時、その子孫を直系の子孫とし、コロンブスの乗った船を復元した船で西インド連邦へ航海する計画が立ち上がり、カルロスに船作りが任されることになった。しかし、送られてくるはずの資金が送られてこず、結局プロジェクトは頓挫した。
しかし、既にカルロスはそのプロジェクトに取り憑かれており、自力でそのプロジェクトを継続する決意を固めた。
カルロスが著者の動向を知ったのは、そんな状況の中でのことだったのだ。
二人は、「コロンブスがアメリカへたどり着いたのとまったく同じ状況を再現し、航海をしよう」という認識を一致させ、膨大な準備に取り掛かった。「まったく同じ状況」というのは、船や航路や日数だけを指すのではない。食料や服装や装備など、ありとあらゆるものに及ぶのだ。つまり、正確な海図も、救命胴衣も、通信設備さえ持たないまま、ということだ。
アホである。
しかし、そんなアホみたいな計画に、著者とカルロスを含め、最終的に9名の命知らずの乗り手が集まった。

感想

彼らがどんな奇妙な冒険をしたのか、それは是非読んで爆笑して欲しいと思います。本当に、あらゆる点でアホすぎるし、彼らが死者を一人も出さなかったのは単なる奇跡でしかありません。ありとあらゆる修羅場が彼らを襲います。そしてその度に、彼らは奇跡的にそれを乗り越えることになります。神様がほんのちょっと気まぐれを起こしていたら、彼らは生きて航海を終えることが出来なかったでしょう。それほどの冒険譚であるのに、本書は爆笑の連続です。それは、彼らが陥る修羅場のほとんどが、結局彼らのアホさ加減が原因だからです。高野秀行の著作を読んでいるような脱力感や爆笑を得られるのではないかと思います。大きな違いは、スペイン人の陽気さでしょうか。なんというか、彼らの底なしの楽天っぷりが、本書の面白さに拍車を掛けているのは間違いないでしょう。本当に面白いノンフィクションを読みました。是非読んでみてください。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く