天才 勝新太郎(春日太一)の書評・感想

1142views黒夜行黒夜行

このエントリーをはてなブックマークに追加
天才 勝新太郎 (文春新書)

本書は、映画製作に理想を追い求め、それ故「奇跡的」とも言える傑作を「奇跡的」な手法で生み出し続けながら、一方でそのために自らの理想から抜け出せなくなり身動きが取れなくなってしまった天才・勝新太郎の生涯を、勝新太郎が生涯を掛けて演じた、いや、それそのものになりきった「座頭市」を中心に描くノンフィクションです。
僕は、勝新太郎についてはほとんど知らない。勝新太郎が出ている映画なりテレビなりを、たぶん見たことがないような気がする。
本書の最後の方には、こんな記述がある。

『多くの俳優たちが「タレント」としてテレビの枠の中に小さく収まっていく中、時代に迎合しない勝は規格外のそんざいだった。だが、だからこそ、その言動はワイドショーやバラエティ番組の格好の餌食となった。少しでも勝と関わった人間は、面白おかしく勝のことを語った。そのほとんどは、豪快で金に糸目をつけない酒の飲み方や遊びに関するものばかり。勝は生きながらに伝説の存在になり、人々がそれをデコレートして語ることで、その伝説は一人歩きしていった。』

恐らく僕のイメージの中にある「勝新太郎」も、こういうテレビで誰かが語っている印象を元に作り上げられているのだろう。僕にも、そういう、飲み歩いていて豪快な人間、というイメージがあった。
しかしこの文章は、こう続く。

『勝に近づく人間はみな、その伝説を期待した。勝もまたそのことをよく知っていた。彼らに喜んでもらおうと、ブランデーを一気飲みし、金をバラまき、「世間のイメージする勝」という道化を演じた。誰も、「人間・勝新太郎」のことを見ようとはしなくなっていた。』

本書を頭から読み進めていくと、そういう「伝説化されてしまった勝新太郎」という存在に、勝新太郎がどんな風な想いを抱いていたか、ちょっとは想像できるようになる。それは、本来の勝新太郎とは、まるでかけ離れた虚像だったのだ。
勝新太郎は、かねてより編集として一緒に映画を作り続けてきた谷口に、こんなことを漏らす。

『トシちゃんはいいなあ。一つの顔しかないもんなあ。俺は勝新太郎、奥村利夫、座頭市…いろんな顔をするのは大変だよ』

勝新太郎は、杵屋勝東治という高名な長唄・三味線の師匠の息子として生まれる。その縁で、小さい頃から、歌舞伎座や国立劇場の「御簾」の裏側から、芸能史に名を残す名人たちの芝居を見続けていた。
父に弟子入りした勝新太郎は、三味線弾きとして絶大なる人気を誇るが、しかし「御簾」という裏側の世界ではなく、表側の世界で活躍したいと、俳優の道を目指すことになる。
しかし、20代の勝新太郎は、不遇をかこっていた。
当時は、市川雷蔵や長谷川一夫などが全盛期であった。同じ時期にデビューを果たした勝新太郎はまったく売れず、主演映画も鳴かず飛ばず。勝新太郎が主演だと客が入らないから市川雷蔵に変えて欲しい、なんていう要望が宣伝サイドから出るほどだったという。
しかし、30代になり、様々な偶然的な出会いのお陰で、勝新太郎は一気にブレイクする。勝新太郎がそれまで出ていたようなB級映画の一本として制作された『悪名』が、様々な幸運的出会いによって大ヒットを遂げ、そしてその直後、勝新太郎にとって人生を決定づける運命の出会いを果たすことになる。
「座頭市」である。

感想

勝新太郎はとにかく、映画のこと、特に「座頭市」のことしか頭にない男だった。ごく一般的な世間のイメージが、テレビによって創りだされた虚像なのだろう。そして、たとえ虚像であっても、それが求められているのであればその「勝新太郎」を演じきってしまうサービス精神が勝新太郎にはある。本書を読んで本当に、勝新太郎という人間へのイメージが変わりました。それまでは本当に、浮気者の夫を持って中村玉緒は可哀想だなぁ、みたいな印象でしかなかったですからね(笑)
映画については全然詳しくないので、他にもそれに値する人物は多々いるのかもしれないけれども、しかし間違いなく勝新太郎は「天才」だったのでしょう。編集マンが3年掛けて修得する技術を3時間で覚え、達筆な字で即興で生み出す脚本は、本職の脚本家に劣らない質だったという。天才的なセンスの持ち主であり、また徹底してリアリティにこだわり、妥協を許さなかった男。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く