ドアの向こうのカルト(佐藤典雅)の書評・感想

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ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録

本書は、『東京ガールズコレクションを手掛けた天才プロデューサーによる』と帯に書かれている(僕自身はこの人のことを知らないので、こんな書き方をしてみました)著者による、エホバの証人についての本です。
僕自身は、エホバの証人については、本書に書かれていること+α(そういえば、小学校時代に、いつも体育の授業を休んでいるやつがいたなー、ぐらいの記憶)しか知らないのでちゃんとは判断できないんだけど、この著者、エホバの証人の証人(エホバの証人では、「信者」のことを「証人」と呼ぶ)の中でも、相当に特殊な経歴・経験を持つ人だなと感じました。ただの、「かつて、エホバの証人の証人でした。でも、今は止めてます」程度の人ではない。だからこそ、非常に特殊な体験談であり、読んでいて面白い。
一応先に、僕の宗教観を書いておこう。一応、宗教に関する本の感想を書くのに、ちと先にあーだこーだ書いておいた方がいい気がするので。
僕自身は、特に宗教には興味がない。これは、良い意味でも、悪い意味でもだ。勧誘されても(された経験はほとんどないけど。ただ一度、なるほどあれはエホバの証人だったのかもしれない、という人が訪問してきたことがある)特に興味が持てないし、逆に胡散臭い宗教に対しても、僕自身に実害がなければ特段の関心はない。オウム真理教みたいに、犯罪までやっちゃうとまた違った見方になるけど(それは僕の中で、「宗教」ではなく「犯罪集団」という括りになる)、そうでもなければ、僕自身にとってはどうでもいい。
そもそも僕は、「みんなが同じ方向を向いている」のが、なんとなく気持ち悪いのだ。みんなが同じ方向を向いているな、と感じたら、自分は出来るだけ違う方向を向こう、と考えてしまう。どう考えても、そんな人間に、宗教は向かないだろう。
本書の最後の方に、こんな文章がある。

『洗脳に関して言うと、私のカルト体験談は確かに特殊で極端な環境だった。しかし程度の差こそあれど、広い意味での洗脳は社会のあらゆる所で見られる』

これは本当にその通りだと思う。メディアや広告なんかは、まさに洗脳と行っていいだろうし、僕は家族だとか伝統と言ったものさえ、洗脳という括りに入れちゃってもいいんじゃないの、という気がしている。どうも、そういうもの全般に拒絶感がある。
というのが僕の宗教観。なので、エホバの証人についてあーだこーだ書くけど、それは本書の内容を説明するためであって、特段非難したりする意図はないっすよ、という主張でありました。
著者は、海外勤務が多かった父親と共に、子どもの頃ほとんど海外で過ごした。その中で、母親がエホバの証人にハマるようになり、その流れで著者自身も証人となることになった。
エホバの証人は、他の宗教団体のように規律が厳しくはないという。エホバの証人は、聖書だけがルールなのであって、それ以外の規律はない、と言って勧誘する。それは確かに事実だ。本書には、こんな文章もあって興味深い。

『ここで説明しておくと、証人たちおは自分が宗教をやっているとは本気で思っていない。(中略)ではなんなのか?と聞かれると、「聖書を勉強しているだけです」と言う。これは営業トークでもなんでもなく、本心からそう思っているのだ』

エホバの証人は、とにかく聖書を真面目に学び、そして聖書が示す通りに行動し、考えようとする。そういう意味では、非常に真面目な人達だ。
しかし、この聖書の通りに行動するというのが、まあ大変なのだ。

感想

全世界でも、この著者と同じような経験をした人を探し出すことは非常に困難だろうなと思わせるほど、相当に特殊な経験をしてきた方の衝撃的な作品です。宗教がいかに人を洗脳するか、その中にいる人たちが何をどう考えているのか、というような、なかなか普段知ることがない現実について描かれていきます。思っていたのとは若干違った構成だったんですけど、でも非常に面白い作品でした。是非読んでみてください。

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