新宿で85年、本を売るということ(永江朗)の書評・感想

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新宿で85年、本を売るということ (メディアファクトリー新書)

本書は、様々な題材を扱いつつも、主として書店・出版業界の話題に軸足を置く著者による、紀伊國屋書店、中でも紀伊國屋書店新宿本店の歴史を紐解いていく作品です。紀伊國屋書店を創業した田辺茂一の話から、現在に至るまでの変遷などがコンパクトに収められています。
本書は、おおまかに時代ごとに章立てが区切られているのだけど、大雑把に区分けすると3つにわけられるのではないかと思う。

① 創業者である田辺茂一とその時代
② 紀伊國屋書店の育ての親である松原治の時代の発展
③ 紀伊國屋書店の現役社員あるいはOBたちの聞き取り

創業者である田辺茂一は、なかなかの人物だったようです。冒頭の方で、どんな人物だったのかというのがざっと描かれているんだけど、「夜の市長」と呼ばれ、銀座のバーなどを飲み歩いたとか、深夜のテレビ番組に出演したり、トマトジュースのコマーシャルに出たりと、なかなか色んな顔を持っていたようです。雑誌を数多く創刊したり(赤字ばかりだったようだけど)、著作も多く書き、作家や芸術家などとも交流を持ち、死後には新宿歴史博物館で「田辺茂一と新宿文化の担い手たち」という展覧会が開かれたりと、書店の経営者というだけではない様々な顔を持っている人でした。
しかし、そもそも書店の経営者としてはどうだったのか。紀伊國屋書店を大きくした、育ての親と称される松原治さんと初めて会った時のことがこんな風に描かれている。

『初対面で田辺さんは松原さんに、
「僕は経済も経営も分からない、分かろうとも思わない。女性を通じて社会を理解するのがライフワークだ」
と言ったという』

そんな人が、後に書店業界のリーディングカンパニーとなる紀伊國屋書店という、ある意味で「異質」な書店を生み出した経緯に著者は興味を持っていたこともあり、この本を書くことになったという。
本書では、なぜ田辺茂一が書店経営を目指したのか、どんな書店を目指したのか、創業からしばらくの間の経営状況、文学者や芸術家らとの関わり、戦時中の話など、一大チェーン店となって移行の姿しか知らない「紀伊國屋書店」という会社の前史みたいなものがまず描かれていきます。
印象的だったエピソードを3つほど書きます。
まずは、戦時中でもずっと店を開けていたという話。

『本は不要不急のもの、有事となれば後回しにされるもの、というイメージもあるが、銃弾の雨がフリ、敗戦が濃厚になっている時期でも、田辺さんは紀伊國屋書店をつづけた。本が出版されなくなり、本棚がガラガラになっても、常連客は紀伊國屋書店にやってきた。』

子どもは疎開させるが、田辺さんは「新宿以外に死に場所はない」と動かず、店を開け続ける。売るものがどんどんなくなっていって、それで自分の書棚から本を持っていってはどんどん売ったという。その執念がなければ、紀伊國屋書店は今なかったのだから、感慨深い。
文章はその後こう続く。

『東日本大震災の直後に、営業を再開した書店のレジに長蛇の列ができた、というエピソードを思い出す。危機的な状況の中でも、いや、危機的な状況の中だからこそ、ぼくらは本を求めるのだ。』

田辺茂一は、非常に成功している薪炭問屋の家に生まれ、何不自由なく育った。店の売り上げをちょろまかしてひたすら本ばかり買っている子どもだったという。それが戦時中、売るものがなくなった時に役立ったわけだが、爆撃にさらされた新宿で、田辺茂一はすべてを失うことになる。
書店はもう止めてしまおうかと思った田辺茂一を前向かせるこんな言葉が描かれている。

感想

雑誌などでは、奇抜な個性や選書を特色ある書店が取り上げられることが多い。しかし当然ならが、そういう特色を持つ書店は例外的な存在だ。書店の多くは、パッと見でわかるような目に見える特色を持たない、平凡に思えるお店ばかりだろう。しかし当然、そういう店にも込められた思いや刻まれた歴史がある。そしてそういう「平凡な」書店の理想形として、紀伊國屋書店新宿本店がある。なかなか知ることが出来ない面を多く見せてもらって、同じ本を売る仕事をしている人間としては背筋が伸びるような気持ちになれた。僕はどうしても、売る側の立場として本書を読んでしまうので、書店員ではない人が本書をどんな風に読むのか分からないけれど、書店が好きだと言う人は是非読んでみてください。

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