いつまでも白い羽根(藤岡陽子)の書評・感想

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いつまでも白い羽根 (光文社文庫)

木崎瑠美は、大学受験に失敗して、看護学校に入ることになった。嫌々だった。元々勉強は出来た。普通に大学に行くつもりだった。それなのにどうして、という思いは拭えない。とりあえず通うことにする。受験勉強は続けてみることにする。来年、またどこかの大学を受けるかもしれない、という可能性を残しておく。
看護学校ですぐに仲良くなったのは、同じ班になった千夏だ。千夏は、大柄で声がでかくて、いつも陽気だった。環を掛けて不器用で要領が悪くて、でも、特段やる気もなく学校に通っている瑠美には、千夏の存在はある種の救いでもあった。他に、恐ろしい美貌を持つ遠野と、二人の子どもを育てている主婦の佐伯が同じ班である。
瑠美は、器用さと優秀さを武器に、着実に実技や知識を吸収していく。成績だけ見れば優等生だ。しかし、上の者、権力を持つものに反発してしまう気質は、瑠美を学校内で孤立に向かわせる。同じく優秀で、かつ独立自尊を地で行く遠野ほど孤立はしていないが、瑠美は、自分が教員から嫌われていることをはっきりと自覚している。
図書館で出会った医大生や、千夏に誘われて顔を出した飲み会で知り合った千夏の幼馴染らと、名前のつけがたい距離感を保ちながら時間を過ごしつつ、忙しい日々を駆け抜けていく。自分が何者で、何者になりたくて今を生きているのか。そんなもの、一瞬足りともはっきりと掴めたことのない瑠美は、様々な人とで出会い、関わり合い、そうしていく中で少しずつ、自分の中で絡まりあった糸を解いていく。
なんの思い入れもなく進学した看護学校での卒業までを描く物語。
最近僕の中で、学生が主人公の物語に対する評価の厳しさが増している感がある。それは間違いなく、朝井リョウという作家と出会ったからだと思う。
学生(に限らず、若い世代、という意味だけど、ここでは学生と書く)を描くのはとても難しいと思う。というのは、作家が描く「学生」は、やはりどうしても自分が学生だった頃のことが色濃く反映されると思うからだ。そしてそれは、今まさに学生である世代とはまったく価値観が違ったりするだろうと思う。
本書は、たぶん時代設定的なものが明確ではない。時代を反映させるようなものも作中には登場しないと思う。だから、この作品を、舞台設定が大分昔であって、ここで描かれているのは現代の学生ではない、と解釈することは全然出来ると思う。
ただ、逆に時代設定がなされていないからこそどうしても、現代を舞台にしている作品なのだと無意識に思ってしまう。そして、そう思って本書を読むと、やっぱりどうしても学生の描き方にうーんと思ってしまう部分がある。
もちろん、僕が今の学生のことが分かるかと言えば、もちろん全然分からないだろうと思う。でも、バイト先の学生たちの話なんかを時々耳にしたりする中で、どっちかと言えば僕はまだそういう若い世代よりの考え方に近いんだろうな、という感じがしている(あくまで自分でそう思っているだけだけど)。
昔から、そんな風なことは考えていたと思う。学生の描き方みたいなのって難しいよなぁ、って。
でも、朝井リョウの作品を読んで、よりそういう思いが強くなった。

感想

小児病棟での実習は、生まれながらにして辛さを背負ってしまっている子ども、というだけでとても悲しい気持ちになるので、これは題材によるものなんだろうと思うんだけど、千夏の決断はとても素晴らしいと思う。僕も、千夏のような立場に置かれたら、同じような判断をしてしまうかもしれない。もちろん、そんな勇気は持てないかもしれないし、分からない。けれども、千夏の決断を僕は全力で賛同するし、そんな千夏の決断に触れた瑠美や遠野の有り様も、僕は良かったなと思う。しかしホントに、大人はクソだし、社会は終わってるな、と思わされる展開でした。
学生の描き方にどうしても違和感を覚えてしまうので、なかなかすんなりと評価できないのだけど、全体的にはとても良い作品だと感じました。

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