今朝の骨肉、夕べのみそ汁(工藤美代子)の書評・感想

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今朝の骨肉、夕べのみそ汁 (講談社文庫)

本書は、ノンフィクション作家として著名で著作もたくさんある工藤美代子が、自分の「特殊な家族たち」を描いたノンフィクションです。
工藤美代子は、相当に稀有な環境で育ってきたと言っていいのではないだろうか。
父親は、「ベースボール・マガジン社」の創業者。母親は、後に工藤美代子がノンフィクションの題材として採ることになる「工藤写真館」の娘。父親がベースボール・マガジン社の創業者というだけでも相当なものだけど、著者の家族の特殊っぷりはそんなものでは収まらない。
本作の冒頭は、なかなか凄い場面で始まっている。
既にその時点で、著者の父と母は離婚していた。優秀な兄だけが父親と一緒に暮らし、著者と、優秀な姉と、そして障害を抱える「もっちゃん」という兄が、母とお手伝いさんと一緒に生活をしていた。
そこに、錦蘭子と名乗る恐ろしく美しい若い女性がやってくる。彼女は、著者を迎えに来て、それから父親と三人で会食をするのだ。
著者は、まだ幼い子供だったのだけど、すぐにピンときた。この錦蘭子という人は、父親の愛人なのだろう、と。
父親は、母親と離婚した後、再婚していた。公子さんという奥さんがいたのだ。
父親は、前妻である著者の母、後妻である公子さん、そして愛人である錦蘭子の三人とそれぞれうまい関係を築きやりくりをしていた、そしてそれを、特段隠し立てするでもなく、だからこそ娘である著者の目にも、奇異な場面が様々に映ることになる。父は、著者や姉が夏休みになると、公子さんと暮らす茅ヶ崎の家に二週間ほど二人を泊まらせたりもする。かと言って、父親が二人の相手をするでもない。著者の母にとっても、子供たちにとっても、父親の言うことは絶対で逆らえない。それが、既に「元」父親だとしても変わりはなかったのだ。
著者は、幼い頃自分が抱いていた父への思いを、こんな風に表現する。

『物心がついたときには、もう家にはいなかった父は、私にとってけっして親しい人ではなかったが、恋しい人ではあった。子供は父親を慕うものだと誰かから教えられたのか、それとも自然に湧き出た感情であったのかは、今でもよくわからない』

母はというと、父親とはこれまた奇妙な関係を続けていた。そもそも二人が離婚をすることになった直接のきっかけは、著者の推測によると、父親の母親(著者の祖母)であるセツにある。嫁姑の関係は相当に悪かったようだ。とはいえ、セツは親族の間でも疎まれているところがあったようで、セツは誰であったとしても上手くやっていくということは出来なかっただろう。著者は一度、セツの見舞いに行った時、女の恐ろしい嫌味の発露を目撃し(しかも、自らの存在がそれに利用された)、驚いたことがあると書いている。
そんなわけで、離婚してからもお互いに「情」はあったのだろう。週に一度は著者らが住む家にやってきていたし、母親に高価なプレゼントをすることもあった。母親も、父親が窮地に陥った際、苦渋の決断で家の権利書を父親に渡したことがあった。離婚してもう何年も経っている頃である。父親が亡くなった際の葬儀の場での母親の振る舞いも、非常に印象深い。
しかし一方で、母親は週に一度は爆発し、父親への恨みつらみをまくし立てた。子供の頃から著者は母親から、「あたしはね、あの男が死ぬまでは絶対に死なない。パパが死んだらお赤飯を炊くからね」と、ずっと聞かされ続けていたのだという。そのお赤飯に関する後々のエピソードも、哀しみの中に可笑しみが混じるような、生前の父親と母親の関係を象徴するような話で印象深い。

感想

どんな家族の元で育つのかは、その後の一生を左右する非常に大きな要素だ。僕は案外、著者のような家族の有り様を羨ましく思う部分がある。それは、「普通」を押し付けられない、という点にある。父親も母親も、著者に「普通」を押し付けることはなかった。逆に、二人があまりにも外れすぎているために、その二人を反面教師にするようなことさえあったのではないかと思う。だからこそ、自由な物の見方が、自由な考え方が出来る人になったのではないかと思う。「普通」に囚われることへの恐怖が僕には強くある。そして家族こそが、「普通」を押し付ける最たる存在だと思う。「普通」から外れまくった家族で育ったことは、人生において苦労ももたらしたことだろうけど、悪いことばかりではなかったはずだ
昭和という時代を猛スピードで駆け抜けた人たちと、それに振り回された人々が描かれる作品です。改めて、家族というのはどんな形でも取りうるのだな、と

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