プロメテウスの罠4の書評・感想

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プロメテウスの罠 4: 徹底究明! 福島原発事故の裏側

想像力は及ばない。
読めば読むほどにそう思わされる。
「わかった気になる」ことの恐ろしさを感じさせられる。
知れば知るほど、「知らなかったこと」が増えていく。
僕たちは、全然何も知らない。そのことを忘れちゃいけない。
朝日新聞紙上で現在も連載が続いている「プロメテウスの罠」の書籍化第四弾です。

『朝日新聞の朝刊3面を定位置に、「プロメテウスの罠」は3月で500回を超えた。(中略)500回を数えながら、しかしやり尽くしたという感覚はない。惚れば掘るほど知らなかった事実が出てくるからだ。福島の被災者のありさまも変わっていない。』

もしかしたら毎回同じことを書いているかもしれないけれども、それでも毎回書く。
本書に限らずだけれども、原発・震災に関する本は、「何があったのかを知る」ために読むのではないと僕は思う。もちろん、そういう動機があってもいい。ただ、知ったところで何が出来るわけでもない。何かは出来るかもしれないけど、出来る人は既にもう動いているだろうし、出来ない人は読んだところで動けないだろう。だから、何が起こったかを知った上で、その事実を知ったということを、被害に遭った人を手助けするモチベーションにするというのは、なかなかないのではないかと思う。
ただ、自分を救うモチベーションにはなるだろう。
僕は、原発・震災に関する本は、自分を救うために読むのだと思っている。これからの自分の行動・決断の指針とするために読むのだと思う。東日本大震災以前にも、震災時の行動を指南したような本はそれこそ山ほど出版されていただろう。
しかし、それらを読んでいてもどうしようもない出来事が起こりうるということを、僕らはもう知ってしまった。少なくともこれからは、地震によって「原発が破壊される可能性がある」という前提で行動していかなくてはいけない。そういう実用書は、まだまだ多くはないだろうと思う。
それに、冒頭でも書いたけど、やはり人間の想像力には限界がある。思いもしなかったことが、山のように現れる。そうか、そんなことが起こりうるのかと何度も思わされた。
「プロメテウスの罠」は、少数の人たちにも目を向けた連載だ。「おわりに」にこんな文章がある。

『「プロメテウスの罠」は、少数の人たちにも目を向けようと努めている。たとえば飯舘村長泥の世帯数は74にすぎない。しかしいかに少数であれ、いや少数だからこそ、目を向ける必要がある。マスメディアが目を向けなければ、彼らの言葉を聞き出さねば、彼らの存在自体がないことにされかねないと思っている。
東京電力を再建するとき、最も邪魔になるのは被災者への賠償ではないだろうか、遠からず国や県、市町村が「もう除染は終わった。大丈夫だから戻れ」と被災者に号令をかけるだろう。そのときに最も邪魔になるのは不安を感じる被災者の意識かもしれない。彼らさえ切り捨てれば、彼らの思いさえ無視すれば、と考える者もいるのではないだろうか』

本書の中に既に、それに近い兆候が描かれていると僕は思う。
福島市双葉郡内に中間貯蔵施設を作る案が浮かび、環境相の細野豪志が双葉郡内の首長たちに打診しにきたことがあった。その時、双葉郡内にある双葉町の町長は、こう思う。

『おまえの町はもう汚染されてしまった、だから中間貯蔵施設を引き受けてもいいのではないか。政府はそういおうとしているのだ。
除染で生じる土壌をもてあました自治体の住民たちはそのうち、中間貯蔵施設を受け入れない自分たちを非難するようになるだろう。そんな酷な状況に政府が追い込むなんで、それはないだろう―』

感想

こういう描写を読む度に、もし東京で大震災が起こったらどうなるんだろう、と考える。近所との付き合いは絶えている。生まれ育ったわけではない人たちが多いはずで土地への愛着があるわけではない。そういうところで大震災が起こったら、恐らく悲惨だろう。少なくとも、東北の人たちのような助け合いの精神は生まれにくいのではないか。言い方は悪いけど、きっと、僕たちは東日本大震災を「きっかけ」にして、日常をもっと広い範囲で変革していかなくてはいけないのだと思う。
「プロメテウスの罠」は、出たら読むようにしている。読まなければならない、と思っているわけではない。やはり僕は、純粋に、知りたいのだろうと思う。何が起こったのか、何をすべきなのか

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