どん底 部落差別自作自演事件(高山文彦)の書評・感想

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どん底 部落差別自作自演事件

福岡県筑後地方に、舞台となる「ムラ」は存在する。そこは、いわゆる「被差別部落」である。
平成21年7月7日、52歳で逮捕された、本書では「山岡」と呼ばれている男は、「偽計業務妨害罪」という容疑に問われていた。これは、「長期間にわたって町行政をいちじるしく混乱させ停滞させた」という容疑だ。
彼は一体、何をしたのか。

『同じムラに暮らす部落民の職業を剥奪しようとする内容をしるした差別ハガキを、五年近くにわたって匿名で四四通出しつづけたのである。そのハガキを出した相手とは、立花町長、学校長、社会教育課長などであり、さらに驚くべきことにはほとんどの場合が「自分自身」なのだった。
えっ、自分自身に?
そう、自分自身に――。
すなわち彼が差別した部落民とは自分自身なのであり、読むに堪えないおぞましい言葉の数々を自分自身に向かって吐きつづけたのだ』

これが、この事件の大まかな概要だ。自分自身に差別ハガキを出しつづけた男は、横領や詐欺の疑惑もあったが、警察はどちらも立件を諦めた。唯一、ある一件の差別ハガキについて、町が被害届を出せば立件可能だというので、このような容疑で逮捕・起訴されることになったのだ。
本書は、実名が書かれていないノンフィクションだ。少年犯罪以外では、実に珍しいのではないかと思う。
が、それだけの理由が存在するのだ。何故なら、逮捕され、裁判が終結した後も、この男は「自分はやっていない」と容疑を否認したり、動機を説明しろと問い詰められても黙って下を向いたままだったりと、結局彼が何をどんな理由でやったのか、最後の最後まではっきりしなかったのだ。
裁判では、「偽計業務妨害罪」について問われ、それについては結審している。その件だけに触れる内容であれば、実名で書けただろうと思う。しかし本書では、四四通すべての差別ハガキについて、さらには、その男が限りなく疑わしい状況にある空き巣事件(会計担当者だったその男の家に空き巣が入り、金を盗まれたとされる事件)についても触れている。これは、限りなくその男が疑わしいが、しかし憶測に過ぎない。だからこそ、匿名にせざるを得ないのだろう。
この男、部落差別解放運動に携わる数多くの人間に無駄な労力を費やさせ、そして「ムラ」で懸命に生きる部落の人たちの気持ちを踏みにじったにも関わらず、紋切り型の謝罪以外、誠意を込めて謝るということをしていない。それなのにこの男は―ムラから出て行けと言われたのにも関わらず―未だにムラの中で家族と共に暮らしているのだ。

『男はムラにもどって、なに食わぬ顔で家族と暮らしている。自分たちを裏切り解放運動に唾を吐きかけたのだからムラから出て行くようにと言われたが、いっこうに反省するふうもなく、居直りをきめたように家のまえでのんびりと車を洗ったりしている。会計責任者として盗まれた金を返すように要求され、本人もそれを約束したが―本人は犯行そのものは否認している―なかなか返そうとしなかった』

本書は、「差別ハガキ偽造事件」と呼ばれるようになるこの事件を、ムラの成り立ちや解放運動の歴史などを紐解きながら、また「差別ハガキ偽装事件」をこの男に思いつかせたかもしれないとある中学教師への差別ハガキ事件などを詳述しながら、山岡という善人の皮を被った非道な男が一体何をしたのか、追っていく。
というような作品です。
非常に色んなことを考えさせられる作品だった。

感想

同じ轍を踏む必要はない。僕たちは既に「部落差別」という間違いを犯して生きてきた。ずっと昔から連綿と続く負の連鎖を断ち切ることが出来なかった。同じことを、原発による被爆者に対して行なってはいけないだろう。本書でなくてもいいけど、部落差別に関する本を読んで知識として学ぶというのは、「原発事故後の日本」に生きている僕達には、とても大事なことなのではないかと思う。
本書で取り扱われている「偽造差別ハガキ事件」は、本当になんとも言えないほどやり切れない。部落差別そのものも辛いが、その部落差別を悪用する形で「悲劇のヒーロー」になって言ったこの男の、事件を起こした際の心情であったり、自作自演が発覚した後の態度であったりを見ていると、モヤモヤしたものを抱え続けなければいけなくなったような気がした。まったく関わりのない部外者でもこう感じるのだ。その男を擁護し続けたり、協力し続けた者たちの思いはどうだったか

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