原発事故と農の復興(小出裕章他)の書評・感想

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原発事故と農の復興: 避難すれば、それですむのか?!

本書は、2013年1月20日に都内で行われた公開討論会の内容をベースに書籍化されたものです。パネラーは、反原発の研究者・小出裕章氏。有機農業関連のNPOの代表理事であり、都市住民とともに自給農場運動などを作ってきた明峯哲夫氏。同じく有機農業関連のNPOの事務局長であり、茨木大学名誉教授でもある中島紀一氏。同じく有機農業関連のNPOの代表であり、福島県二本松市で現在も農業を続ける菅野正寿氏の四人。
福島での現状や被害を確認したり、どんな展望を抱いているのかなどを話しあったりと、話題は多岐に渡るのだけど、僕がメインの話題だと感じたものが二つあります。その二つも、密接に結びついているわけですが、敢えて二つにわけてみます。

◯ 「危険かもしれないけれど、逃げるわけにはいかない」という状況の中、どのような生き方が自分(福島の農家)にとって良い生き方であるか
◯ 「子供を守る」とはどういうことか。

この二つの枠組みに沿いながら、本書の内容に触れていこうと思います。

明峯哲夫『これまで、「危険だから、逃げよ」という立場と、「危険ではないから、逃げる必要はない」という立場の対立があったわけですけれども、「危険かもしれないけれど、逃げるわけにはいかない」という第三の立場があります。これが、マスメディアを含めてなかなか議論になりません』

そう問題提起をします。そして具体的に、避難(強制退去)について、こんな具体例が挙げられていく。

中島紀一『たとえば、強制退去になった警戒区域で家畜を飼っている方がおられた。明確な理由は示されていませんが、家畜を持ち出すことはできなかったんですね。財布は持っていってよいけれど、家畜もお米も持っていってはいけないというのは、現代社会を物語っていますよね。おそらく、ニワトリと豚はほぼすべて餓死したと思います。殺して避難した人もいますが…。
牛の場合は、約760頭が野牛になった。そのまま野牛にしているとまずいということで、捕獲・回収して6ヶ所の牧場で飼われています。その760頭の牛を警戒区域外に持ちだそうとすると、国は「殺処分せよ」と命令するんですね。ただし、所有権がありますから、国は強制的に殺すことはできない。「殺せ」と命じることはできるけれど、殺すことはできないという、宙ぶらりんの状態です。
でも、よくよく考えてみると、放射能汚染のない餌を数ヶ月食べさせれば、体内の放射能は相当に排出されて、警戒区域外に持ち出しても問題のない牛にできる。すでに2年が経っていますから。しかし、国は聞く耳を持たない。
犬が可愛いから、犬を捨てていくわけにはいかないということで、2ヶ月間警戒区域の中で暮らしておられた方もいます。その後なんとか犬は持ち出したらしいんですけれども、ストレスが重なってアルコール漬けになってしまい、亡くなられました。』

ある範囲の住民は、強制的に土地を追われた。しかし、「逃げたければ逃げてもいいよ。国は補償しないけどね」という形で、いわば「放っておかれた」住民も数多くいる。「逃げたければ逃げてもいいよ」と言われて逃げられる人なんてほとんどいないだろう。そういう中で、「危険かもしれないけど、逃げるわけにはいかない」という選択肢を消極的に選びとって、福島県の住み続ける人も多くいる。
小出裕章氏の主張は、非常に明快だ。小出氏はとにかく、汚染された地域には住んで欲しくない。もちろん、第一次産業は衰退させたくない。しかし、特に子供にはそうした汚染された地域には住んで欲しくない。これが、小出氏の非常に明快な主張である。

感想

そういう中で、「良い生き方」というのはどういうものか、議論がされる

中島紀一『自給自足というとかなり昔のことのように思うかもしれないけれども、被災地で暮らしている人たちはその土地で暮らしを立てているんですね。それにプラスして、農産物を売る。阿武隈の農民は一番自給的な、だから一番人間らしい暮らしをしている人たちです。その暮らしの意義を価値ある営みとして積極的に評価すべきだと思います』

菅野正寿『原発事故で、堆肥も落ち葉も藁も循環の輪が断ち切られました。汚染されて、その大事さが再認識された。山があって、里山があって、田んぼがあって、きれいな空気があって、蛙が飛んでという暮らしの大事さですね。私たち農民は米と野菜を作っているだけじゃない。農家が米を作っているからトンボがいるんだ。この美しい風景をつくってきたのは農民なんだと、私は誇りに思いました。このことを私たちはもっと伝えなければいけない』

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