箱館売ります(富樫倫太郎)の書評・感想

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箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)

舞台は、後に<戊辰戦争>と呼ばれることになる戦争の最中の箱館。「ガルトネル開墾条約事件」という、戊辰戦争の陰に埋もれてあまり一般には知られていない史実をベースに描かれる物語。
元号は明治に変わり、新しい時代が始まろうとしている時、まだそれを受け入れることができない者たちがいた。
旧幕府の陸海軍の兵士たちである。彼らは、東洋一といわれた艦隊と共に、新天地を求めて北へと向かった。箱館府を襲い、新政府を追い出し、暫定政権を打ち立てることに成功した。艦隊司令官である榎本武揚や、新撰組で名を上げた土方歳三らが幹部となり、新政府と対抗する政権を打ち立てる。いわゆる、戊辰戦争である。
その陰で、日本の土地を奪いとろうと策略を練るロシア人が蠢いていた。
ロシアの秘密組織<第三部>に所属するユーリイは、絶望的な気分で酒を飲んでいた。絶対に成功するはずだった計画が、まったくうまくいかない。まさか新政府軍がこれほどまでに早く陥落するとは思わなかった…。このままではユーリイは、実績を挙げられなかった者としてペテルブルグへと戻り、恐らく失格者の烙印を押されて極北にでも飛ばされるのだろう…。
しかし、ユーリイに運気が向いてきた。
バーでもあり娼館でもある店で、ユーリイは久しぶりの相手と再会する。リヒャルト・ガルトネルとは、かつてドイツで関わったことのある相手だった。しかし、小者である。ユーリイの今のこの状況を好転させる男とは思えない。
しかし、リヒャルトの話にユーリイは食いついた。なんでも、リヒャルトの兄であり、プロシアの日本副領事でもあるコンラートは、巧みな話術で政府とやりとりし、政府から借りていた土地をたった1年で1500坪から70000坪へと広げたというのだ。
ユーリイは、この話に着目した。同じやり方で、旧幕府軍から、もっと広大な土地を奪うことが出来るのではないか。日本に、ロシアの租借地を作り出すことが出来るのではないか…。
一方、蝦夷に根を下ろし、峠下村塾を開いて学問を推奨していた平山金十郎は、新政府の存在を認めない佐幕派であり、新政府へのクーデターを企てた容疑で追われ、長く洞窟暮らしを余儀なくされた。同じ塾で共に学んだ齋藤順三郎は勤王派であり、考えを異にする金十郎とは疎遠になる。お互いに、自らが正しいと信じる道を進み、そのために学問に励み、身を粉にして動きまわった。
そんな彼らはやがて、旧幕府軍がプロシア人に莫大な土地を売り渡そうとしているという話を耳にし…。
というような話です。
これは、思ってたよりも断然面白くて、掘り出しものでした。「ガルトネル事件」というのは、史実に記録されている真実らしいですが、ただその背景で何が起こっていたのか、その詳細までが記録されているわけではないでしょう。本書はその「ガルトネル事件」の背景を、想像で創作した、という立ち位置の物語でしょう。史実を曲げるわけにはいかないはずだから、結構な制約の中で物語を生み出さなくてはいけないはずだと思うのだけど、そんなことを感じさせない、実に自然な物語だなと感じました。
僕が何よりも驚いたことは、その読みやすさです。
僕はこのブログでも何度も何度も書いていますけども、とにかく歴史の知識はまったくありません。正直、「佐幕派」と「勤王派」の違いも分からないので、内容紹介で使ったその二つの単語の使い方が正確なのかどうかも、自分では判断出来なかったりします。

感想

歴史的事実をベースにしつつ、嘘八百を超大真面目に展開させていく、という構成もとても面白い。ガルトネル兄弟が榎本武揚から広大な土地を借りた、というのは事実のようで、でも恐らくそれ以上のことは詳しく記録に残されていないのではないかと思う(だからこそ、知名度も低いのだろうし)。そこに、作家としての想像力をつぎ込んでいく。「ガルトネル事件」の背景で、もしかしたらこんなことが起こっていたんじゃないか?と思わせてくれるようなホラの吹き方はなかなか痛快で、しかもそれが、歴史オンチの僕から見ると歴史的事実との矛盾を感じさせないような仕上がりになっていて、巧いなぁ、と思いました。

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