OCICA 石巻の書評・感想

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OCICA ~石巻 牡鹿半島 小さな漁村の物語~

本書は、地震の爪痕が残る。宮城県石巻市牡鹿半島西部に位置する牧浜集落という小さな漁村を舞台にしたもbの語りだ。カキの養殖によって生計を立てていたが、津波によって壊滅的な被害を受け、復興にはまだまだ時間が掛かる。
ここから生まれたアクセサリーがある。その名も、「OCICA」という。鹿の角を利用したものだ。本書は、「OCICA」がどのように生まれ、そしてその物語がどのように日本中に広がっていったのかを描いた作品だ。
「OCICA」をプロデュースしたのは、友廣裕一が代表を務める「つむぎや」。この「OCICA」をプロデュースするために組織された。友廣裕一は、大学卒業後に日本全国の農山漁村を訪ね歩き手伝いをしながら、地域に身を投じる形で地域社会を学んできた。震災後宮城入りした友廣裕一は、自分に何か出来ることはないかと考え始める。
物資による援助など、緊急支援が一段落した後、被災地では「自分たちでも何かしたい」ということが一つの課題として現れ始めた。

『現地の人たちと交流していく中で、「ただ支援を受けるだけでなく、自分たちでも何か貢献したい」「工場がやられて加工の仕事ができないから、新しい仕事がしたい」「一人で過ごしていると、どうやって時間をつぶせばいいかわからない」といった声を耳にした』

『しばらくすると、客観的なニーズなどの状況も、一人ひとりの心境も、自分の目から見える世界に関しては確実に変化していった。次に必要なものは「仕事」ではないかと感じた。収入という意味合いもあるが、それよりも、”役割としての仕事”というほうが適切だったように思う。
生きることを肯定するためには、「あなたが必要です」という言葉を並べるだけでは限界がある。何かモノや差0ビスを差し出して、それを受け取った人が、感謝やよろこび、場合によってはお金で返してくれたとき、初めて、自分の役割が実感できるものだと思う。しかし、被災地と呼ばれる場所には、そうした機会が著しく損なわれていた。産業が壊滅してしまったのはもちろん、支援物資や炊き出しが次から次へとやってきていたというのも一因としてある。特に、女性の役割が見えづらくなっていたように感じた。それがOCICAが生まれるきっかけだった。』

「つむぎや」と地元の女性部の方を繋げてくれた区長も、こんな風に語る。

『全国から物資や人が集まって、ありがてぇことですが、それに甘えるばっかりになっでは困る。地元の人間がまず立ち上がらねぇと』

OCICAは、鹿の角を丸く切り、そこに漁網の補修糸をドリームキャッチャーのように巻きつけたものだ。デザインは、デザインを通して社会の問題を解決することを目指す「NOSIGNER」の太刀川英輔氏。鹿角という難しい素材を、商品として価値があるデザインに仕立て上げ、さらに浜の女性にも加工しやすいデザインに落としこむ。このデザインの力があって、初めてOCICAは軌道に乗ったと言っていいだろう。
この太刀川英輔氏は、被災地で役立つオープンデザインWiki「OLIVE」の代表でもあるという。以前、「災害エバノ」というものを作った際に「OLIVE」の情報も参考にしたのだけど、これは本当に有用なサイトだと感じた。本書を読んで、OCICAそのものにも強く関心を持ったが、この太刀川英輔氏にも惹かれた(あと、「つむぎや」の代表である友廣裕一氏にも)。
OCICAを作る女性たちの感想は様々だ。

『初めは地震がなかったけど、自分で一生懸命つくったものを、お客さんに買ってもらえて、よろこんでもらえるなんて本当にうれしいね』

感想

『商品流通に関して、僕たちつむぎやは、これまで「営業」ということをほとんどしていない。それよりも周りの方々が自発的にルートをつないでくれたことが大きかった。』

『単なる「モノ」としての商品に留まらず、その背後にある「人」や「物語」の存在も感じさせる。それがOCICAの特徴であり魅力なのかもしれない』

『OCICAを「モノ」だけではなく、温度感のある物語として伝えていってもらえるような設計をどう組み立てるか。デザイン的な優位性はあるものの、何も知らずに買うには少々ハードルが高い。何万人というお客さんが訪れる大型店舗よりも、小さなカフェに置いてもらったほうがよく売れた、ということもあった。これは規模の問題ではなく、ていねいに物語を伝えてくれる人の存在があるかどうかだと思う。その人が媒介となって、きちんと伝えるためのディスプレイや言葉を生み出してくれるから、伝わり、手にとってもらえる』

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