3652 伊坂幸太郎エッセイ集(伊坂幸太郎)の書評・感想

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3652―伊坂幸太郎エッセイ集

本書は、伊坂幸太郎がデビュー直後の2000年に「公募ガイド」から依頼されたエッセイから10年間の間に、様々な媒体に書かれてエッセイをまとめた作品です。雑誌に載ったものから、文庫の解説、あるいは「家裁調査官研究展望」という、家裁の調査官向けの刊行誌に載ったものまで、ありとあらゆる作品を収録しています。編集者が、「伊坂幸太郎のデビューの日付(デビュー作の奥付)と同じ日に出そう」と決めて出版されたものだそうで、だからタイトルが「3652」となっています(365日×10年+うるう年分で2日)。
伊坂幸太郎はエッセイを書くのが得意ではないそうです。東野圭吾も同じことをどこかで書いていた記憶があります。

『エッセイを書くことには後ろめたさを感じてしまうのは事実です。もともと、餅は餅屋、と言いますか、小説を書く人は小説を書くことに専念して、その技術やら工夫の仕方を上達させていくべきで、たとえば、エッセイについては、エッセイの技術や工夫の仕方に時間を費やしている人が書くべきだろうな、という気持ちがあるのですが、それ以上に、僕自身が至って平凡な人間で、平凡な日々しか送っていないため、作り話以外のことで他人を楽しませる自信がないから、というのが大きな理由です。』

伊坂幸太郎は元々出不精だそうで、どこかに行ったという話がたくさん出てくるわけでもないし、日々こんなことがあった、というような話が出てくるわけでもありません。エッセイといいつつ、なんだか小説みたいな、ちょっととぼけたフィクションっぽいものもあります(伊坂幸太郎が、依頼されている仕事の中で最も苦心して書いているかもしれないという「干支エッセイ」は、とぼけたフィクションの趣があります)。
ただ、僕としては、なかなか面白いエッセイだったなと思います。僕はとにかく、「頭の中でウダウダ考えている人」「それを言葉に置き換えることができる人」がとても好きなので、このエッセイを読んでいて、「なるほど、伊坂幸太郎はそんな風に物事を考えているのだなぁ」と思う部分が多くて、なかなか面白かったです。凄く変わっている風でもないんだけど、でもやっぱりちょっと日常や常識に「引っかかる」部分があって、その些細な引っ掛かりが読んでいて面白かったです。
やはり小説家のエッセイなので、「小説」に関する事柄が思考の中心を占めるのでしょう。「小説」に関する思考は、やはり面白いと思いました。

『「答えが出ないものは、小説にするべきなんだ」と常々、思っている僕としては、』

『小説というものは、明るいのか暗いのか、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないような感情を惹き起こすものであるべきだ、と感じているからかもしれません』

『一般に多くの人は、面白さを判断するときに、どちらかといえば、「あらすじ」に重きを置いているような気もするんですよね。「物語の語り」の部分も大事だと思いますよ、とそちらを応援したい気持ちが少しあります。』

この辺りは、伊坂幸太郎の「小説」に対する価値観を表しているなと思います。たぶんこういう伊坂幸太郎の価値観は、「読者が伊坂幸太郎に期待していること」とはかなりズレていることでしょう。僕も含めて読者は伊坂幸太郎に対して、「楽しい小説を」とか「「あらすじ」が面白い作品を」ということを期待してしまう部分がある。その辺りの悩みも、本書に書かれている。

感想

『これ(「魔王」)を書きはじめる直前の僕は、自分自身の作品への満足度と、読んだ人たちの反応の差に少し戸惑って、思い悩んでいたこともあって、「深く考えても仕方がないから、自分の好きなように書いてしまおう」と決意をし、自分のそれまでの小説で好意的に受け止められた部分を、ほとんど削って書いてみようと思ってもいました。たとえば、「伏線を生かした結末」であるとか、「意外性」であるとか、「爽快感」であるとか、そういう部分を削ぎ落して、そうしたら、読者はどう思うのだろう、と考えたのです

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