まとめその2です。教養、学問について

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新版 学生に与う (現代教養文庫ライブラリー)

第一部 価値あるもの の続き

教養

教育の本質は人格の陶冶である。
教養とは、自分で自分の人格を陶冶すること、人生の戦い。
今まで従ってきた命令に対して「なぜか」と問うこと。これが人生において最も重要な転機だ。
仕送りで大学生活を送る意義は、この転機を迎えることにあり、幸福だ。
幸福だが、「なぜか」と考える道は、他律の命令に従って生きるより苦労する。

  • この苦労から抜け出すには
・今までの自分を見つめ続ける、すると見る自分と見られる自分がはっきり区別される、これが自覚でありとても意義深く、自分の前に人生が現れたことになる。
・従ってきた命令の奥にあるものをつかむことが、特殊を裏打ちする普遍(=人格)である。
・もはや他律(他からの命令)はなく、すべてが自律(自分で考えたこと)である。この結論に至った理由は、本書の全部に答えがある。
  • 3種類の自我の活動とその理想
・道徳的活動 善
・知識的活動 真
・芸術的活動 美
この3つの活動の原動力を理性と呼ぶ。
  • 人格とは
・理想の自我、真善美を調和した主体、最高の価値、最高善、われわれの目的である。
・だから現実の自我は人格ではない。
人格が最高価値だと証明することはできないが、他のものが最高価値でないことは証明できる。
例えば地位が最高価値でないのは、理性があって初めて地位を認識するという条件付だから。最高価値とは無条件のものなのだ。だから人格以外を最高価値だとすると失敗する。
  • 教養とは
・現実の自我を理想の自我になるように努力すること
・学問、道徳、芸術全てが人格を陶冶する要素。
  • 成長するためには
・教師や書物や親や友が助けになる
・成長の契機は経験(自分の性格だったり、環境だったり、嬉しいことも嫌な事も)
  • ヴィクトル・ユーゴーは世に戦いが3つあるとした その3部作の名前
・人間の自然に対する戦い「地上の苦闘者」
・人と人との戦い「1793年」
・人の内心の戦い「レ・ミゼラブル」
  • 特殊とは、普遍において繋がれてしかも異なること。人類と国民の関係も普遍と特殊の関係だ。
自分の主張をなすべきときに黙っているのは謙遜ではなく卑屈であり、他人の高慢を培養してしまう。言うべきときに言うのは権利であり義務だ。
  • 他人の人格を見て尊敬しないなら、それは自分の人格性を尊敬しないで自分を尊敬していたからだ。
人格性は普遍としてあらゆる人に表現されているから。そして他人も人格の成長の過程にあるのだから「共に」あり、これが愛となる。だから尊敬を持って結ばれる。このような人々の生活体を称して共同社会という。
  • 精神とは、人格成長へ努力する自我の全活動
  • 文化とは、精神によって自然を克服して産まれたもの

学問とは

  • 学問とは

・哲学と科学
・知識を体系化したもの
・起源はギリシャ、概念を発見したことによって学問が成立した
・科学は因果関係を究明するためにあり、哲学の対象は理想であり、価値である。理想は現象ではない、なぜなら時間と空間の中に存在を持たないから。
人格を現実に実在するものとして信仰されるのが神である。
・問題は知識に対する態度であり、学問・道徳・芸術に関する知識はこれを主体的に把握して初めて、知識を英智に、多識を聡明に、することができる。ただ知ることだけで精一杯になると、知識階級の自我が弱くて強固な性格になれない。

  • 学問の意義と価値とは、最高価値である人格の構成要素のひとつであり、特殊を去って一般化する、一人の経験では足りないものを与える。また、道徳的活動に対して援助すること。

感想

まとめは最初の一つで終わろうと思っていましたが、自分が理解するにはやはり書くしかなかったので書くことにしました。相手の人格が悪いといって相手を嫌いになるのをやめようと思いました。自分の中にも誰の中にでもある人格性は尊敬すべきものであって、共に成長を目指す仲間なのだ、という一文にはっとさせられました。何を目指すべきかわからなかったのに、著者は目指すべきものは人格の陶冶だと言い切っていて、頼りになります。何を目指すかというのはいろいろな本や人が言っていても、それは違うと心のどこかで思っていました。でも著者が言っていることは、確かにそれは間違いないと思えました。
次に続きます。

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