本当は怖い昭和30年代の日本の現実

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本当は怖い昭和30年代 〜ALWAYS地獄の三丁目〜

古きよき昭和は極端に美化されたもので
日本人はまだ成長途中で明らかな非常識がまかり通りモラルもへったくれもなかった。

国民の大部分が貧困状態の超格差社会だった

物価の値上がり方がはんぱなく、生活保護世帯は2009年よりも高かった

輸入品はバカ高く一般人は買えない

ほとんどの家がボットン便所で臭いのが普通。

 東京都の下水道普及率は昭和40年でやっと35%。

女性の自殺者は現在よりも圧倒的に多い。

生活の全てが不潔で感染症の死者が多かった。

妊娠中絶は現在の5倍

日本人の40%は寄生虫に感染していた

自宅に風呂なし。数日に一度の銭湯。水道すら貴重だった。

ジュースには危険な添加物がたくさん入っていた

有名企業も金儲け主義で乳児が130人死亡の食品大惨事を起こしていた

押し売りが勝手に玄関に上がりこんで粗悪品を売りつけていた

安全よりも腹の足し。野菜は現在では使用禁止の危険な農薬で作られていた

家の中を我が物顔でねずみが闊歩していた

救急車が普及していなかったので急病や大怪我は致命的だった。

近所づきあいは濃かったが仲が良かったわけではなかった。

河には水上生活者が群れをなしていた

街にはホームレスどころが物乞いがあふれていた。

新生児の死亡率は今より20倍も高かった

家庭の常備薬で重い副作用や危険な薬害が次々発生していた

米軍人の犯罪は今以上にスルーされていた

昭和37年の東京の被爆量はチェルノブイリ事故直後と同レベルだった

平均寿命は今より15年も短かった

血は貧困層の貴重な収入源だった

発がん性物質のアスベストを建物に使いまくっていた

ボットン便所のウンコは海の沖合いに捨てていた

死人が出るほどの学生デモが頻繁に行われていた

総理大臣がやくざを手下に使っていた

大事故を起こしても大企業だから無罪

公害の全盛期で国民が次々難病にかかる

台風で5000人規模の犠牲者が出た

電卓は超高級品で車よりも高かった

河が氾濫した後は注射器なんかも転がっていて町全体が悪臭を放っていた。

無茶な学校行事(遠泳)で生徒が36人溺死した

観光目的での海外旅行はできなかった

沖縄はアメリカ領、通過はドル、パスポートが必要だった。

飲酒運転当たり前

飛行機の墜落率は現在の10倍以上高かった

猟奇殺人犯の行為は現在以上だった

犯人の取調べは暴力が当たり前、証拠なしでも有罪

幼女レイプは日常茶飯事

幼児が殺される事件は現在の12倍

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