経営者「藤田晋」と「見城徹」の仕事に役立つ名言

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憂鬱でなければ、仕事じゃない

「藤田晋」と「見城徹」の名言紹介

誰でも、面倒なことは避けたがる。 それをあえて行うことにより、凡庸を脱する道が開けるのだ。 いばらの道を一歩ずつ進むことでしか、勝利へは近づけない。

世間には、無意味なものがたくさんある。 しかも厄介なことに、次々と向こうからまとわりついてくる。 それらを捨て去ることで、贅肉はそぎ落とされ、仕事人の体は引き締まる。

調子が良い時よりも悪い時に世話になったほうが強く印象に残るものです。

毒にも薬にもならない人間には、何も為せない。 そして人は、薬にばかりなりたがる。 しかし、何かを激変させる力があるのは、薬ではなく毒のほうだ。

変革を恐れない者だけが、先に行ける。とどまったままでは未来は無いと思います。

大衆は、自分たちが行けない世界、なれない存在に渇するような興味を覚える。 一方で、そこには行けず、そうなれない自分に安心をおぼえる。 この矛盾こそが、大衆の本性なのだ。

誰よりも行動的な作家だったヘミングウェイの「勝者には何もやるな」という言葉ほど、僕の生の充実感を代弁してくれるものはない。

働いた後、ビールのおいしさがあるのとないのとでは、人生の味わいが全く違う。それと同じことがワインにも言えると思う。ではビールで良いのではないかと言えば、たしかにおいしいけれど毎日飲むものであり、日常的すぎる。何か仕事を一つやり遂げた時は、やはり極上のワインが飲みたい。そう思うようになりました。

仕事とは正であり、憂鬱とは負である。その両極をスイングすることで、はじめて結果が出る。まさにスイングしなければ、意味がないのだ。実際、仕事には負の部分がつきものだ。それが大きいと逆境になる。

圧倒的な努力を傾け、とてつもなく高い壁を乗り越えた時、僕は何の褒美もほしくない。また、褒美を前提にする努力など、努力とはいえないと思う。

物欲しげな姿勢は、仕事のみならず、生きることのエネルギーを弱めてしまう。金銭でも名誉でも褒美を目的にしていては、人が不可能と思うようなことを、実現できるはずがない。

僕にとって大事なものは、物事が成功した時に、一人かみしめる勝利の味ではない。もちろん金銭や名誉でもない。「俺はまだ闘える」と思えること、それだけが大切である。逆に、その感覚を失った自分は、想像するだけで恐ろしい。仕事もプライベートもたるみ切り、僕は生きることへの張り合いをなくしてしまうだろう。

仕事をしてゆく上で、「貸し借り」のバランスを頭に置き、測っていくのはとても大事なことです。逆に、つまずくのは、「貸し借り」のバランスを考えていなかったり、測りそこなっていたりする場合が多い。僕の実感から言って、メディア界や芸能界には「貸し借り」に敏感な人がとても多い。逆に、若手が多いネット業界は、鈍い人が多い。

恩義は負債に似ている。返すまで、消えることはないのだ。だから、天使のような振る舞いをすることは、実は、したたかなことなのだ。このことを自覚するとしないとでは、大きな違いがある。

感想

二人の経営者だからこそ響く仕事に役立ちそうな名言をピックアップしました。

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