「禅」入門 自由に生きるための禅の五つの根本原理とは

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もっと自由に生きるための「禅」入門 (知的生きかた文庫)

1 莫妄想 ─── 余計なことを考えるな!

  • 経済がどうなるか、東京に大地震が来るのか。そんなことはわからない
  • 無責任なのは経済学者、地震学者。わかりもしないことをああだ、こうだと論じているだけ。
  • 「莫妄想」とは、するべきことをすること。そのうえで「余計なことは考えない」

「ただ今日すべきことを熱心になせ」

  • 「未来はまだやって来ないのだから、未来を願うな」「過去を追うな」(by 釈迦)
  • 「後悔先に立たず」後悔することは、現在を否定すること

2 一得一失 ─── なんだっていい。

「どちらでもいいです」と言わないように努力する

  • 法眼が「一人はよし、一人は悪い(一得一失)」と言ったのだが、公案の「二僧巻簾」の中には答えはない。
  • ならば法眼の言葉は「どちらでもいい」ということになる
  • しかしそれでは無責任。なので「一得一失」と言った(反語的表現)

「すべてを肯定」するのが禅の教え

  • 「諸法実相」存在するものすべてに価値がある
  • 法眼の「一得一失」はそういうこと。甲乙二人の僧のどちらも最高

3 自灯明 ─── 他人のことはほっとけ!

われわれは欲望の奴隷になっている。そのくせ、他人のことが気になる

  • 自由人は、他人の悲しみをともに悲しむことができる
  • 奴隷は、悲しんでいるふりをしながら、心の中で喜んでいる。
  • 「小欲知足」欲を少なくし、足るを知る (無欲になれ、というわけではない)

他人を意識せず、他人と比較せず

  • 「自灯明」───「奴隷になるな!自由人になれ」
  • エゴイズムではない。他人と比較しない、はじめから他人の存在はない

4 放下著 ─── 常識を捨てろ!

我々は常識の虜になっている

  • 「怨みは捨てなければならない」→しかしそれは、捨てたと思っている、その思いを後生大事にもっているということ
  • 重い荷物を背負っていることに、自分で気づいていない

  • 「親切にしなければならない」→自分にとっての親切と、相手にとっての親切が違う場合もある。迷惑になることもある

どんな生き方・死に方でもいい

  • そもそも人間はみんな自分の生き方・死に方しかできない。
  • 立派な生き方・死に方をせねばならないという「美学」は強迫観念、それをもっているとしんどい
  • 仏教や禅は、どんな生き方・死に方でもいいと我々を安心させてくれる

5 竿頭進歩 ─── がんばるな!

  • 悟りとは、百尺の竿を登っていくようなものだが、大衆に広めるにはそこから降りる必要がある。しかし一歩踏み出すと、ストンと下に落ちてしまう。下に落ちずに一歩踏み出すには・・・?
  • 落ちずに前に進むには、竿を下向きに進むことになる。ならば、はじめから登らないでも同じ
  • つまり、がんばらず、のんびり登っていけばよい

努力して幸福になるのではない、幸福だから努力できる

  • がんばっても、ビリになることもあるのが人生
  • 「自分はこんなに頑張っているのに・・・」という慢心のほうが恐ろしい

毎日が好日と思えばよい(日日是好日)。

  • 晴れた日もあれば、雨の日もある。今日は雨だから天気が悪いと思っているだけ
  • 頑張りはじめると、今日を否定してしまう。今日という日を大事にする

禅の学び方は、あなたが幸福になること

  • どんなときでも、自分に素直になればいい
  • 喜ぶときは喜び、悲しむときは悲しむ

  • 禅がわかれば幸福になるのではない。幸福になれば、禅がわかる

感想

とても平易な文章でわかりやすく、時にユーモラスに(下ネタも交えながらw)禅の教えを説いた、肩肘張ずに読める本です。「一得一失」の部分が分かりにくいかもしれません(あくまで著者の解釈なので)。つまりほんとはどちらでもいい→だが「どちらでもいい」は無責任→なので「一得一失」と言った、という反語表現です。仏教にはよくこのような「反語表現」がでてくるそうで、一読しただけでは意味がわからないかもしれません。しかし、鵜呑みにするのではなく「どういうことだろう」と自分の頭で考えることが大切なのだ、と言っているのだと思います・・・多分w

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