戦国史までは日本はすごかった! 家康の鎖国が日本をダメにした

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本当は間違いばかりの「戦国史の常識」 (ソフトバンク新書)

戦国史には数々の間違いが「戦国史の常識」となってしまっています。しかし、家康の戦国時代までの日本はすごい文化を持っていました。家康の鎖国が日本をダメにしてしまったのです。

遣唐使の時代は日本の文化は世界最古水準だった

遣唐使の時代、日本は世界最高水準の文明に追いついた。だが、大唐帝国の衰退で、もう外から学ぶべきものはなくなったと勘違いし、うちに籠ってしまった。その結果、独自の国風文化を育んだのはいいが、中国が宋や元の時代になって、自由な商工業や豊かな生活文化を発展させたのに、その受け入れは不十分なままだった。

当時の日本では強力な統一国家システムが衰え、地方や民間でお手軽に社会経済を運営するようになった。小さな政府の理想型のようなものだが、新しい文明の恩恵に浴するには向かない。元寇のときだけは国民が一致団結したが、喉元過ぎると神風のお陰にして国防力の強化もしなかったし、貨幣経済すら十分に普及しなかったのだ。

戦国時代はすごい時代だった

室町時代になると、明帝国との交流で宋の時代からの経済文化の発展の成果をひとまとめに吸収し、さらに戦国時代から江戸初期には、大航海時代の風にのってやってきた西洋文明も効率よく採り入れることに奇跡的に成功した。

織田信長が古い秩序を破壊し、豊臣秀吉がナポレオンのように世界最先端のシステムをつくりあげ、徳川家康がその成果を全国に普及させたのだ。

信長・秀吉・家康の時代に世界はどう動いていたか

信長・秀吉・家康は、無敵艦隊をつくったスペインのフェリペ二世、宗教戦争を終わらせたフランスのアンリ四世、イギリスを一流国にしたエリザベス一世の同世代人だ。ドイツは宗教戦争に明け暮れており、ロシアはムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドノフ』で描かれたような、おどろおどろしい陰謀と混乱の時代だった。

日本では、戦国大名によって近代的な地域経営が始まり、秀吉の天下統一と太閤検地で当時の世界でトップクラスの近代国家が実現した。秀吉が将軍でなく関白になったのも、慶応三年(一八六八年)の王政復古と似た国民国家を目指す先進的な発想だった。

家康によるダメな政治

家康には新しい制度を全国に普及させた功績があるが、石田三成らが目指した急進的な近代化路線を修正して穏健保守に転じた。新たな変革は打ち止めにし、安定を優先するとともに、儒教を国教のようにして、身分の固定化や女性差別を徹底した。

さらに、三代目の家光の時代になると、ポルトガルやスペインに代わって世界の通商強国になったオランダにそそのかされて「鎖国」という愚劣な道へ走り、民間人の渡航まで禁止したので、日本は世界の文明進歩から二世紀半も隔絶されてしまった。

感想

戦国時代好きにはたまらない一冊です。家康が悪い人物に思えます。歴史って面白いですね。

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