ケータイ小説とは一体何だったのか。(そして何故消えたのか。は書いてません。)

2230viewsatsumoatsumo

このエントリーをはてなブックマークに追加
ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち

代表的な作品

ケータイ小説は似通ったプロットやモチーフに偏る傾向にあるという。
その著者たちの社会的な環境などの共通性が似通った作品を同時多発的に生み出しているのではないか。

代表的な作品

2005年『天使がくれたもの』
2006年『恋空』 
2007年『赤い糸』

ケータイ小説に描かれる七つの大罪

「援助交際、レイプ、妊娠、薬物、不治の病、自殺、真実の愛」(本田透『なぜケータイ小説は売れるのか』)

読み手と書き手の共通参照頁としての、バイブルとしての浜崎あゆみの存在。

1998年デビュー
1999年元旦 『A Song for XX』
2000年ツーカーセルラー東京のCMに起用される
PHSから携帯電話へ。

ケータイ小説と浜崎あゆみの歌詞の共通点

1 回想的モノローグ
紡木たく『ホットロード』、矢沢あい『NANA』2000年連載開始
2 固有名詞の欠如
3 情景描写の欠如
一切の風景がなく、漠然とした感情的な心の中だけが示される。
映像を思い起こすことが困難なほど。ユーミンとの違い。
4 トラウマ語り

ケータイ小説におけるリアルとは何か

実際にあった話、ではない。その圏域に属している人たちが「本当にありそうだと感じられるかどうか」という意味
ヤンキー少女世界に存在していた不幸自慢の延長
ケータイ小説の幾多の不幸はリアルではなくファンタジー

ヤンキーからギャルへ<不良少女のパラダイムシフト>

1988年 『ティーンズロード』創刊。レディース向けの雑誌。投稿文化とUGC(User Generated contents)。
投稿欄にはケータイ小説の走りとも言える不幸語りが並ぶ。
1995年 『egg』創刊。安室奈美恵デビュー。
1998年 ティーンズロード休刊。
ヤンキー;保守 vs ギャル;革新
浜崎あゆみは絶滅寸前だったヤンキー側のトライブから登場

再ヤンキー化現象

ケータイ小説の舞台となる郊外で起きていること
地元つながり。「東京にいかない」感覚。

違いは?

尾崎的な反抗から浜崎的な内面対峙へ。
1970〜80年 は反抗する敵として権威や大人社会が存在した。
1990年代末においては 敵は社会ではなく自分の内面へ。
*1997年にヤンキー漫画がどれも連載終了(『ろくでなしBLUES』『今日から俺は!!』『特攻の拓』)

ケータイ小説とデートDV

恋人を束縛したいという男は以前から存在したが携帯電話が普及することでそれが実際に可能になった。
しかし携帯電話というツールの登場によってこれまでになかった願望が生まれた可能性もある。
コミュニケーションの中身よりもつながること自体が優先される。また、ネイルなどの延長とも言え、身体的な感覚が強い

ケータイ小説とアダルトチルドレン

何らかのトラウマを背負ったまま大人になった人間
緊張の高い家庭で育った子供の一種の適用様式
→人に好かれるように過度に適応したり、感情表現がうまくできない。非を自分自身で背負おうとする。
(元々はアルコール依存症の親の元で虐待や恫喝に怯えながら育ったことでコミュニケーション不全になり問題を起こす人)
浜崎あゆみ『Trauma』、矢沢あい『NANA』ハチ

感想

読み物としては、様々なサブカルアイテムをきちんと関連づけて興味深く読めます。2007年を最後にケータイ小説がランキングから消えたことはどう説明できるか、自分なりに考えてみたい。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く