決して軍事独裁政権を憎まなかった非暴力主義の旗手

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希望の声―アラン・クレメンツとの対話

 1991年にノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチー氏は、ミャンマーの希望として国民の期待を一心に担ってきたことで、あまりに有名である。
 しかし、軟禁生活が解かれた2010年から3年が経過した今年に入り、反イスラム暴動問題でミャンマーが再びメディアに取り沙汰されるようになると、アウンサンスーチー国民民主連盟(NLD)議長に対する穿った見方や批判的な見解が散見するようになった。
 

 だが、本書を読めば、そんな考え方は思想信条の衝突という挑発的な闘いによるものではなく、ガンジー主義に裏打ちされた慈愛と本物の情熱、理路整然とした確固たる信念によって吹き飛ばせるはずである。

 NLD党内にはイエスマンばかりだという批判に対し、過去にスーチー氏は、本当に強力で健全な民主主義のために、常々、「私たちには優れた反対者が必要です。なぜなら彼らはいつも私たちの間違いを指摘し、私たちが自己満足に陥ることを防いでくれるからです」と述べてきた。
 また独裁軍事政権が政治囚を拘留し続けることについては批判してきたが、「政治とは首尾一貫性がないものだ」と指摘した上でミャンマー軍の在り方を、「軍の主な任務は人々を保護し、外敵から守ることです。私たちが自分自身を守る必要のない世界に住んでいるなら、軍の必要はありません。軍を、破壊する力ではなく、保護する力だと考えたいのです」とも語っている。
 

 スーチー氏やNLDの幹部である、ウー・チーマウン氏、ウー・ティーウン氏(スーチー氏の叔父)は投獄されても「私がどんなに自由を感じているか妻が知ったら、彼女は怒るだろうな」と冗談を飛ばしたり、「自由を愛するために投獄されたことは、私の人生の最も尊い実りの一つでした」と話せるほどの精神的なタフさを持ち合わせている。
 しかし、誰もがそうであろうか。スーチー氏と志を共にしただけで拷問にあったり、地雷原を歩かされて同志が命を落としたりする惨い場面を見ても、NLDト命運を共にすることが誰もができるのかと訝しんでしまう。
 そんな疑問を本書でスーチー氏にロングインタビューを行った、僧侶で、米ジャーナリストのアラン・クレメンツ氏は率直に問うている。
 「あなたやあなたの同僚たちのような、強靭なあるいは深い精神力をもっていなくて、自分たちが受けた残虐行為によって自分たちが踏みつけられたと感じ、憤っている被害者たちについてはいかがですか?」と。
 これに対し、スーチー氏はそうなるのは最もなことだと前置きした上で、真実と和解の関係性について説く。「彼らの苦しみは認知されなければなりません。過去をただ拭い去ることはできません。もしそうしようとしたら、本当に苦しんだ人の中で渦巻いている怒りの大渦がおさまりません。自分たちの苦しみはただ脇に押しやられたと感じます。まるで彼らが苦しんだことが無意味であったかのように。これらの人々は自分たちの苦しみが無駄ではなかったことを知って、満足させられなければなりません。そしてまさにこの事実、つまり不正が行われていたことが認知されることによって、怒りの多くが消え去ることでしょう。それでもなお、復讐を喘ぎ求める人がいます。決して他を赦すことができない人々がいつもいるものです。」
 そして、チリやアフリカの「真実和平委員会」のようなものが有効ではないかとスーチー氏は軟禁中、BBCやVOAなどのラジオを聞くことで知った国際情勢から知ったものを挙げ、持論を展開していた。
 

 スーチー氏は言う。「私を捕らえた人々を、私は決して憎むようにはなりませんでした」と。
 

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