yume_mayuの「亡国から再生へ A Nation Without Ethics」のまとめ

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亡国から再生へ A Nation Without Ethics (光文社ペーパーバックス)

2006年11月22日 「いざなぎ超え」の表明

小泉政権誕生後の2002年2月より、
いざなぎ景気を超える戦後最長の景気拡大が続いているとされていた。

日経平均株価の推移)
2003年4月28日 7607.88円(1982年以来の歴史的底値)
2007年10月1日 16,000円台をキープ

メディアでは「失われた10年」を終わらせ、経済大国を復活させたと言われている。しかし、実際には名目GDPは1.04倍のみ。(いざなぎ時は2.2倍)
富の再分配構造も異なり、今回の景気拡大では企業の利益は上がっているが、1人あたりの賃金や家計収入は増えておらず、景気が良くなったと実感している人々はほとんどいない。
企業のみが栄え、庶民が貧しくなるというのはなにか根本的にまちがっているのではないか?

”2007年大学生789人を対象に「尊敬する企業家アンケート」を実施”
第1位 松下幸之助、第2位 孫正義、第3位 ビル・ゲイツ、第4位 ホリエモン、第5位 本田宗一郎

「いまの若者の気持ちが痛んでしまっているのは、グローバリズム、アメリカ化を急ぎすぎた結果だと思っています。」
(ホリエモンは、当時すでに刑事被告人だった)

経済小説の使命

経済小説の生命線はリアリティに尽き、リアリティがあってこそ、エンターテイメント性も高くなる。作家に深い取材力が求められるのは、このジャンルの宿命である。(城山三郎作品を意識して)

「リアリティ」のなかには、時代を切り取り、権力に立ち向かうことも含まれる。時代が変わっても、経済小説の使命は変わらないはずだ。
(バブル期をみつめた作品『小説 巨大証券』『小説 新巨大証券』)

ミドルの悲哀の変容

私が書いてきた経済小説は、ここ30年の日本経済と日本社会を背景にしていた。
読者は「主人公の生き方」に共感してくれたのだろう。それは日本の中堅サラリーマンたちの生き様であり、「ミドルの悲哀」である。

バブル以前)
・日本で生まれ育ち、日本の企業社会でサラリーマンとして生きていくのがごく当たり前の人生
・「個人対国家」「個人対会社」という対立の構図の存在
→国を思い、社会を思い、会社を思い、家族を思い、そのなかで悩み、格闘しながら個人としての幸福を追求していた。

現在)
・バブル経済後の長きにわたる低迷
・倫理を失った企業・政党トップ
・拝金主義の横行
・下流社会の存在
→日本人全員が経済成長の恩恵を受けれる時代ではなくなった。一部しか恩恵を受けられないのなら、経済成長を促進するだけでは未来はない。

グローバル化一辺倒では日本が日本でなくなってしまう。
各国の歴史や文化、慣習を無視した競争ではものづくり日本企業の競争力はかえって落ちてしまうのではないか。

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