人はなぜ本を読まないといけないのか?

4386viewsMichel FoucaultMichel Foucault

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だから人は本を読む

この本で一番大事な事

なぜ、人は本を読まないといけないのか?
ずばり、それは人生の質を向上させなければならないからだ。人生を充実し豊かな時を過ごす上で、読書が果たす役割は大変大きい。その本質に迫った2章を中心にまとめていく。

本を読むということ

私たち人間が生きていける時間は限られている。長生きできても、100年程度である。所詮、人間はその程度しか生きることができない。限られた時間を有意義に過ごすためは、数多くの先人たちの体験や考えを学ばない手はない。

知は古典で得られる

自分が生きていくうえで”核”となる価値観を、偉大な先人との真剣な対話を通じて、得ることができる。

教養とは人間の本質に迫ること

筆者は、教養=情報や知識が元の形のまま集積したものではなく、人間という入れ物の中で知性に変換された人間の一部になったもの、としている。読書で得られる教養は、単なる知識主義(やみくもに、情報を暗記する)ものではない。それが自分の生活に応用でき、自分の体と一体化して初めて教養となる。すなわち、人間の本質に迫ることができる。

日本人の教養は素晴らしいものだった?

日本人の教養が大きく低下したと言われて久しいが、昔はどうだったのか?
実は、日本でも過去に、教養が花開いた時代があったのだ。
日本の教養時代は大きく分けて、2つある。明治時代の教養と大正時代の教養の2つだ。

  • 明治時代
夏目漱石、正岡子規、尾崎紅葉、南方熊楠・・・。名前を挙げれば、きりがない。とくに、内村鑑三の『代表的日本人』、新渡戸稲造の『武士道』、岡倉覚三の『茶の本』は英語で書かれた日本文化を代表する名著であった。
  • 大正時代
大正時代は、国を担うエリートを中心に、旧制高校時代の人たちだ。彼らは、「デカンショ節」と称された、デカルト、カント、ショーペンハウエルなどの哲学書を必読書として、議論をおおいに好んだ。知識詰込み型の受験勉強ではなく、リベラルアーツ(教養)を幅広く学び、人格を涵養して将来の各界の指導者としてのバックボーンを形成した。ちょうど今、彼らが各界の前線から引退して、日本は落ち込んでいる。

読書で考える力を培う

著者はフランス文学者の鹿島茂さんの文章を引用し、自分で考える力の重要性を力説している。

[インターネットに蓄積されている記憶だけを頼って、『本を読まない』ようになった人間の頭は空っぽで(笑)、与えられるものを享受するだけの存在になってしまうのです。一方、彼らに情報を与える側は、必ず本を読んでいますから、頭の中にはしっかりとしたネットワークが出来上がっている。この二分化がさらに進めば、本を読まない圧倒的多数は本を読む少数によって、しらない間にコントロールされてしまう。そういう現象が起こるでしょうね。(中略)自分の意志で選んでいるようでも実は、予め決められた選択しの中から選んでいるに過ぎない、つまり選ばされている。これに抗うには、どうすればいいか?それは書物を読むしかないでしょう。引用元は『ナイルスナイル』2009年1月号

]

溢れる情報にあらがい、本当の意味で自分が選択をするためには、本を読まなければいけないだろう。

感想

読書の重要性に改めて気づかされる名著です。読書好きな人、これから読書を始めようとしている方、両方にオススメできる本です。

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