ミドリムシビジネスを始めた理由

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僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。――東大発バイオベンチャー「ユーグレナ」のとてつもない挑戦

ミドリムシビジネスの可能性

「どんなちっぽけなものにも可能性があり、それを追い求めていけば、やがてその努力は報われる」ということの証明。

ミドリムシと聞いて、

「え、青虫の仲間?」
「そんなちっぽけなもので人類の問題が解決できるはずがないでしょう」

と思う人もいるだろう。いや、実際にこの10年、ずっとそう言われ続けてきた でも、ミドリムシが地球を救うというのは、何一つ偽りがない、本当のことだ。植物と動物の間の生き物で、藻の一種でもあるミドリムシは、植物と動物の栄養素の両方を作ることができる。その数は、なんと59種類に及ぶ。

しかも体内に葉緑素を持つため、二酸化炭素を取り入れ、太陽のエネルギーから光合成を行うことができる。すなわち、CO2削減という意味でも、救世主となりうる。さらにそれだけではなく、ミドリムシが光合成により作り出し、体内に蓄えた油を石油と同じように精製すれば、ロケットやジェット機の燃料として使えるバイオ燃料が得られる。食料、栄養、地球温暖化、エネルギー。これら途方もない問題は、ミドリムシが解決するのだ。 当初はなかなか理解してもらえなかったが、この数年でミドリムシに対する世の中の認識も大きく変わり始め、ようやく思い描いていた「ミドリムシが地球を救う」プロセスが、始まりつつある。

人生を変えたバングラデシュでの1か月

1998年の夏、18歳、バングラデシュにいた。 グラミン銀行のインターンとして、その地を訪れた当初、希望に満ちあふれていた。そこで過ごす1か月は、素晴らしい未来への第一歩になるはずだった。

何不自由ない家庭で、何不自由なく育った。貧困や飢餓で苦しむ人がこの世界にいることは、「誰かが解決しなくてはならないこと」だった。 そのために自分ができることがあれば、人生を賭けてみたいそれこそが、当時18歳のまぎれもない将来の目標だった。そして、その目標を叶えられる世界で唯一の機関だと信じて疑わなかったのが、国連だった。国連が貧困層に対してどのような支援活動を行っているのか、間近で見ることができる。これこそが、バングラデシュへ行くことの最大の楽しみであった。

しかし、希望に満ちた将来につながるはずのその地で見た現実は、自分の幼い目を大きく開かせるものだった。バングラデシュには小麦もコメもあふれるほどあった。しかしそれにもかかわらず、子どもたちは栄養失調、大人たちは貧困にあえいでいた。このときの経験によって、後に自分が敷いた人生のレールを、自ら降りることになる。しかしそのことが結果的に、「ミドリムシ」をテーマとする会社、ユーグレナの起業へとつながっていき、人生は予想もつかない方向へと転がっていく。

感想

ビジネスノウハウより起業するまで、起業したあと、成功するまでの実際の体験記が中心となっている。経営者の人のように実際どのような苦労をしたか知りたい人におすすめです。
しかし、ミドリムシってすごいな。確かにドラゴンボールの仙豆やー!

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