キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』

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キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 (講談社+α新書)

 ニーチェの考えを超訳した本。ニーチェがキリスト教に対して、鋭く批判したことを、著者が分かりやすくまとめ、気楽に読める本でした。

キリスト教の負の面

宗教と言う建前で、力を持ち、害をなす

  • キリスト教は、人間にとって害があるからこそ、力を持つ宗教なのです。 このような隠れ蓑もまとったキリスト教のサル芝居を、神々も遠い空から眺めているのでしょうか。地球という小さな星は、キリスト教という小さな宗教があるだけで、神々が注目に値するに十分なのかもしれませんね。

自分たちでなく、神に責任転嫁をして、裁く

  • キリスト教のバカ達は、「裁いてはいけない」などと言いますが、彼らは自分たちの邪魔になるものは、すべて地獄へと送りこむのです。彼らは「神が裁く」と言いますが、実際には彼らが裁いているのですね。彼らは神をたたえることによって自分たちを讃えます。

キリスト教らしい同情をすれば、精神の力を失ってしまう(馴れ合い)

  • キリスト教は「同情」の宗教です。注意しなければならないのは、この同情という感情です。同情などしていると人間は力を失ってしまうのです。

成長するための「善」

  • 「善」とは私に言わせれば権力の感情、権力への意志を、権力自身を、人間において高めるすべてのものです。「悪」は弱さから出てくるもの全てです。「幸福」とは力が漲っていくこと、勝ち抜きたいということ、頂点を極めたということ、なのです。

オマケ

イエスとブッタは精神面で似ている

  • もし、イエスがインドで生まれていたら、インド哲学をしていたでしょうし、中国で生れたら、老子の教えを利用していたかもしれません。 イエスは、やはり自由な精神を持った人だったのです。 イエスが行ったのは、あくまでも自分自身の精神の問題を、純粋に証明しただけなのです。
  • ブッダは、心を平静にする、または、晴れやかにする想念だけを求めました。 仏教では、強い命令や断定を下したり、教えを強制的に受け入れさせることはありません。 仏教徒はたとえ考え方の違う人がいても攻撃しようとは思いません。ブッダは恨みつらみによる復讐の感情を戒めたのです。

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