東北こそが、社会の課題を解決する先駆的な場になる「東北発の震災論」

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東北発の震災論: 周辺から広域システムを考える (ちくま新書)

震災後の不透明感や、進まない復興の理由は「広域システム」にある

広域システムとは、生活の効率化を追求するべく、広範囲・複雑に拡がったインフラや経済・流通・通信の仕組みのこと。

  • システムには「中心」と「周辺」が存在。平時は相互依存的にうまく機能
  • だが震災で露呈した通り、広域システムは一部が破綻しただけで機能不全に
  • また、実は「中心」にはシステムを統率する能力がないことが明らかとなった

中心は周辺にリスクを押し付ける。そんな中心も、実はシステムの主体ではない。いったい、広域システムの主体はどこにいってしまったのか。システムは誰のものなのか?

被災者が失った主体性を回復すること。それがすなわち復興

しかし、3.11では社会基盤ごと破壊された例が多く、主体性どころではない。

  • 主体は個人や行政だけではない。支援団体などもいわば「社会的主体性」を持つ存在だ
  • 広域システム社会では、システムの回復なしに個の生活が回復しないという逆転現象が発生

「東北」という主体性が、いかにシステムに組み込まれていったのか

征夷大将軍という言葉にあるように、東北は主体的な存在で常に中央を脅かしていた。

  • しかし、明治に入ると、広域システムの合理化(地域の分業化)が進む
  • 東北はその中で、食糧生産や国防の人的供給という後方支援の役割を担う
  • 高度成長期以降、農業や石炭など原料供給は衰亡。東北は消費地として開発が進む
  • 消費地としての開発は中心による周辺への侵食であり、東北の主体性が失われる契機となる

人口の一極集中により、偏った思考の「中心」が周辺のあり方を決定。広域システムはさらに強化される。

「中心」は大量の情報を得ているにもかかわらず、実は「周辺」に対して無知

広域システムを揺るがした原発事故。責任を負う中心が破綻したのは見ての通り。

  • 原発事故に対する首都圏の他人事感覚は、中心が視野狭窄状態にあることを示す
  • 広域システム災害の解決には、国民全体でのスキーム共有と取組が必要なのだが

システムが失敗してもなお、システムを元に戻そうという力が働くのはなぜか。

  • 非被災者(多数派)と被災者(少数派)が新たな「中心-周辺」関係を形成
  • 多数派の意向で物事が進むため、「中心-周辺」がより強化されシステムが延命する

「無知な中心」の都合で復興支援が性急に。被災者不在のまま進む

復興予算の奪い合いや災害直後の過剰不安を利用し、被災地に結論を急がせる。

  • 住民の生活を無視した事業は疑問。急いで高台移転すれば100%安全というわけではないのに
  • 被災地を追い立てる性急な復興事業は、「中心」による援助に見せかけた巧妙な切り捨て策では?

広域システムの奴隷にならないために、まず絶望的な状況を自覚せよ

実は震災前から、私たちは広域システムの中で主体性を奪われていた。

  • システムが複雑で巨大になりすぎ、我々はもはや制御できない(=主体性の喪失)
  • それどころか、国ですら必ずしもシステムと同一ではない
  • 震災はシステムの弱点を明確にし、改善するチャンス。簡単に元に戻ってしまっていいのか?

システムの都合が被災者の人間性より優先する場面を、震災では何度も見てきた。システムを人間の手に取り戻すべく、問い直さなければいけない。

安易に絆を語るより、分断を突き詰めてなお残る何物かが主体性の本質ではないか。東北が、それを探る先駆的な場になる。
 

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