ヨーロッパ中心の世界観を排して描かれた経済史(グローバルヒストリー)。排しきれてないけど。

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なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか

はじめに

歴史の見方は時代とともに変わりうる。
資本主義と社会主義の対立も終わった今、国家の枠に縛られずにしかもヨーロッパ中心の世界観を排して近代以降の世界史を描くとすればのどようになるのか。

第一章 大いなる分岐 〜第三章


第四章 工業化の標準モデル

1815年から1870年の間に産業革命はイギリスから大陸諸国、アメリカに広がる
キャッチアップモデル

・工業化のための4つの原則
1 内国関税の撤廃と輸送の改善により大きな国内市場を創出すること
2 対外関税を設定しグローバル競争から保護すること
3 通貨を安定させ、事業に資金を供給する銀行を創設すること
4 技術の開発と受け入れを加速するために大衆教育を確立すること

第五章 偉大なる帝国

大航海、蒸気船、スエズ運河、鉄道、電信、パナマ運河、自動車、飛行機、コンテナ船、電話、高速道路、インターネット =輸送費の低下
→国際的な取引にかかるコストを低下させ、市場を統合し、相互の競争をより厳しくする。
それにより比較優位の原理は以前にもまして強力に作用し相対的な生産効率<技術変化>の差が諸国民の富を決定するに際してますます重要に。

第六章 南北アメリカ

・独立宣言(1776)後のアメリカの経済
ステープル理論による発展
ステープル理論への疑問
いかにして、いつ、その産品への依存から脱却して経済成長するのか。
綿工業→製粉工場、小銃・ライフル、自動車

第七章 アフリカ なぜ貧しいままなのか

・なぜ1500年当時貧しかったか。
地理的条件、人口的条件、農業の起源
 →一般に農業国家は地租を課す、国家の土地を貸与することで経済的に自立。
土地が豊富であり移動農耕が主だったことで、私有財産を体系づける測量、算術、幾何学、読み書きが発展しなかった。

・その後の阻害要因
戦略的理由ばかりではなく、経済的理由による植民地政策。
部族長を制度として生かし、帝国の監督官をレントシーキングを目的とする小さな専制君主として機能させた。<間接統治>

・アフリカ農業の停滞理由
1 主要産品の実質価格低下
  代替品の発明(ヤシ油)、アジア生産者との競合(ヤシ油)、アフリカ自体の生産拡大(ココア)
2 生産性の低さ

・工業化失敗の理由
経済的理由
1 比較優位 土地が豊富であるため土地と資源を集約的に利用する商品に比較優位
2 補完的企業の欠如。さらに植民地政策に支援されたグローバル化がわずかなネットワークも駆逐
3 アフリカの賃金は低すぎて、近代工業の高度に資本集約的な技術では利益がでない。
植民地政策から生まれた制度的理由
1 地域特有の戦争(exルワンダにおけるツチ族とフツ族) 
2 腐敗と非民主性。アフリカの地方の大部分は選挙で選ばれたのではない有力者によって幾重にも支配され続けている。

第八章 後発工業国と標準モデル

・ロシア
・日本
・ラテンアメリカ
19世紀の工業では規模が問題にならなかった。(紡績業)
20世紀の工業では規模が小さいと効率的に創業できない(自動車)
工業化の標準モデルの耐用年数は終わりを迎えた。

第九章 ビッグプッシュ型工業化

・大きな国が急速に成長し続ける方法は、先進国経済のすべての要素を同時に準備するビッグプッシュ型工業(自動車工場と製鉄工場を同時に作る)

感想

主張は一貫していて読みやすい。ヨーロッパ史観が排しきれていないように思えるものの、なぜアフリカが低成長のままか、など知りたかった&知るべきことが書かれていて満足。コンパクトにまとまっていて大学生とかが読むといいんじゃないかな。

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