砂糖をつうじて見る世界の歴史

2279viewskajan_skajan_s

このエントリーをはてなブックマークに追加
砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

イギリスにおける砂糖の歴史

・ヨーロッパのキリスト教徒が砂糖のことをかなり詳しく知るようになり、自分で砂糖きびを栽培するようになったのは、十一世紀末に始まった十字軍運動からだと思われます。

・十六世紀くらいまでは、砂糖はヨーロッパでは、食品と言うよりは、「薬品」として用いられていたのでした。そうでなければ、せいぜい権力者や富裕な人々が、自分の権勢や財産を見せびらかすためのシンボルとして使われていたのです。

・砂糖が一挙に広く使われるようになったのは、十七世紀以降のことでしたが、特にそれは、これもまた十七、十八世紀にヨーロッパ以外の世界からもたらされた、紅茶や珈琲の普及と関係していました。

・砂糖入りの茶は、貴族やジェントルマン、上流市民の独占物でした。しかし、コーヒーハウスを中心に、十七世紀中頃以後、その消費はどんどん広がり、たちまち中流の国民にまで普及して行きました。更に時間が経つと、やがてそれは民衆の間にまで広がり、「国民的飲料」といわれる程になっていきます。ここまで広まったのは、上流へのあこがれと、当然ながら茶と砂糖の値段が下がったことが要因としてあげられます。

・コーヒー・ハウスで、この時代のイギリス人たちは、有効を温め、情報を交換し、互いに批判し合い、議論し合ったのです。そこでは、多少の身分や経済力の違いは問題にしない「自由」の雰囲気がありました。その結果、近代の文化といえるようなもののほとんどが、実は、このコーヒー・ハウスから生まれることになりました。コーヒーハウスや、そこで提供された砂糖や紅茶や珈琲は、いわば近代文化の誕生を助ける助産婦のような役割を果たしたのです。

・砂糖は、どうでも良い嗜好品ではなく、有力なカロリー源となっている上、紅茶と組み合わせられて、「イギリス風朝食」の基本となり、産業革命時代のイギリス人の生活の基盤になったのです。砂糖入り茶は、時間に厳格である必要があり、毎日の生活に追われている産業革命時代の労働者にとってはありがたい朝食になりました。さらに、工場の経営者達は、労働者の賃金を安くしたいために、外国の砂糖や茶、穀物の関税をとっぱらおうとし、それに成功したのです。

世界における砂糖の歴史

・カリブ海の島々は、遅かれ早かれ、その風景も、そこに住む人間の構成も、社会構造も、経済のあり方も、いずれもが、砂糖きびの導入とともに、次々と一変してしまったのです。パラパラとしか人の住まなかった島でも、砂糖きびプランテーションが展開すると、何万人というアフリカからの黒人奴隷が住むようになりました。このようなひと続きの変化を、「砂糖革命」と読んでいます。

・十六世紀から十九世紀にかけて、ヨーロッパ人が大西洋を超えて、カリブ海やブラジル、アメリカの南部などに運んだ黒人奴隷は、最低でも千万人以上と推計されています。中でも、ポルトガル人とイギリス人、フランス人がこの非人道的な商業を熱心に展開したのです。

まとめ

・モノをつうじて歴史を見ることで、どんなことがわかるのでしょうか。一つは、そうすることによって、各地の人々の生活の具体的な姿がわかります。もう一つは、世界的なつながりが一目でわかるということです。

・歴史を学ぶということは、年代や事件や人名をたくさん覚えこむことではありません。今私達の生きている世界が、どのようにして今日のような姿になってきたのかを、身近なところから考えて見ることなのです。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く