「killology(殺人学)」を創設した第一人者が解き明かす戦争心理分析

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「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム

 著者のデーヴ・グロスマンは前作「戦争における『人殺し』の心理学」(ちくま学芸文庫)でピューリッツァー賞候補にもノミネートされ、「killology(殺人学)」という科学的研究分野を創設。戦闘経験のある軍人、学者、著述者、講演者として国際的に活躍している第一人者である。
 古書ながら、兵士や警察官、特殊部隊などの軍事訓練法を改善する契機となった書籍として、アメリカでは注目を集めた。
 前作では「兵士は人を殺せない」というのが一大テーマとなっており、第二次世界大戦の低率からベトナム戦争時には約50%も発砲率を上げるという成果を出した。しかし、次には本来なら人を殺せないはずの人を殺した兵士が精神的な病を抱えるようになった。そこで、本書では「人を殺しても精神を病まない兵士を育てる」にはどうすればいいかという課題と正面から向き合っている。
 著者がレンジャー養成校で訓練を受けていた頃、米国陸軍では、徹底した食糧不足・睡眠不足状態を何週間も強いるという訓練を行っていたという。ストレスの予防接種をすることで、戦闘指揮のストレスへの耐性を養うのが目的だった。
 睡眠不足の警察官は(あるいは平和維持部隊の隊員も)、そう遠くない将来に問題のある決断を下し、過失から人を傷つけたり死なせたりするだろうと著者は断言する。
 過去の戦争では兵士が精神的に「壊れる」まで前線から下げられることはなかったが、2003年のイラク侵攻の際には、ストレス過重の兆候が現れたら交代させ、軽い休養の取れる場所へと送ってから、もとの部隊に戻すという方針が取られた。
 近年、睡眠とPTSDの関連性は顕著に研究報告がなされており、2012年にアメリカでIVAWとJustseedsが公開した「ウォー・イズ・トラウマ」では、戦争の見えない心の傷に光を当てるポートフォリオ作品による「回復作戦」キャンペーンを展開した。今日アフガニスタンにいる多くの部隊は以前イラクを経験してきた軍人であり、軍隊における性暴力によるトラウマ、PTSD、外傷性脳損傷の苦しみを既に味わってきた。任務についている兵士は36時間に1人の割合で自殺するという「戦争による精神の病」の深刻さは、本書で取り扱っている旧時代の症例から時を経て、現代まで連綿として続いている。
 しかしその一方で、本書において著者は、本当に戦闘を経験したがる戦士は少なくないと思うと述べている。戦争にいいところなどない、実際に経験した者は二度としたいと思わないというのは政治的には正論だとしながらも、危険な戦場に戻りたがる事例はよくあることなのだという。著者が実際に知っている例でも、ベトナム帰還兵の中には二期から六期まで務めたという人も一人いるのだそうだ。彼らはみな全く健康な社会人であり、数年の戦闘経験が心に大きな傷を残しているようには見えず、戦闘がただ好きなのである。SWATやSOFの精鋭たちが戦闘に次ぐ戦闘に明け暮れているのは、戦闘が好きだから、戦闘が得意だからであり、彼らの多くは真摯に、そしてあけっぴろげに、戦闘の楽しさを語るのだという。
 過緊張状態で戦争の興奮に酔いしれるものは極めて健全だと著者は語る。
 「確かに私は人を殺した。しかしそれで助かった人もいる。あと一秒で死んでいたはずの人がいま生きているのは、私が人を殺したおかげなのだ。」
 著者は生還兵への心のケアまで思索と研究を深めていく。「killology(殺人学)」と聞くとぎょっとするが、厳密かつ科学的に具体事例を用いて解き明かしたこれを超える本は現代にあるだろうか。

感想

近年イラク、アフガン戦争で戦ってきた兵士が抱える虐待や性暴力、PTSD、トラウマ、外傷性脳損傷などの報道は目立つが、その一方で戦闘(人を殺す)という行為に麻薬のようなやみつき感にとらわれる兵士もいるという心理が分からず、本書を手に取った。「日常の心配事が介在してくることはまずない。自分が重要だと思い、それに自分が役立っていると思う任務に完全にのめり込む」「戦うことで生きているという実感が初めて得られる」そんな著者の心理分析解説に目から鱗な一冊だ。

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