経験のあるおじさんが行き着いた、恋愛と大人

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期間限定の思想: 「おじさん」的思考2

 今最も信頼される論客である著者が、仮想女子大生に対してフレンドリーな言葉で綴る「成熟した大人」になるための指南書。その中から、心に触れた部分をまとめました。

おじさんの考える恋愛

承認され、愛されること

  • 人間がその存在をかけて欲望するのは、「他者と物語を共有すること」、すなわち「承認され、愛されること」なのである。

男が女を「守る」2つの仕方

  • それは「女の成長を妨げる」守り方と「女の成長を待ち望む」守り方である。「女の成長を待ち望む」男は、彼女の自立を、つまり彼女がもう「支えなし」に生きていけるようになる日を、その男自身が不要になる日を逆説的に待ち望んでいる。この逆説的期待に有り金を張れるような男はレアである。

男は女について理解できなくとも、悩み、関心を持っていることを示したほうがよい

  • 「理解されること」、それを女性は切実に願いながら同時に忌み嫌っている。「理解したい」が「理解できない」状態に男が永遠に足踏みしていること、女性が望んでいるのはそれなのだ。 言い換えれば、彼女たちは「男が女の欲望を見誤ること」を欲しているのだ。
  • 男が「君が何を望んでいるか、私はわかったよ」ということを女は決して許さない。彼女が愛する男性が「彼女が何を欲望しているのか」分からずに悩む姿を見ること、それは女性にとって尽きせぬ快楽の源泉である。

成熟した大人になるには

弱さを認め、それを許さない事が、弱きを抜け出す一歩

  • 自分は弱い、しかしその弱さを自分は自分に許さない。 そう決意している人間だけしか、弱さから抜け出すことができない。 弱さに安住している人間は、永遠に泣き続け、わめき続け、怒鳴り続け、怖れ続け、憎み続け、妬み続ける他ない。

尊厳とは無私であることが多い

  • 私たちがある種の尊厳を感じるのは、ほとんど例外なくまっすぐ「自分の存在が不要となるために」生きている人である。 病苦を根絶して、おのれ自身が不要な存在になる日を夢見ている医者。弟子に持てる技術と知識のすべてを伝えて立ち去る師。子どもが誰にも頼らず生きていけるように自立を支援する親。 彼らはひとしくおのれを「消し去る」ためにそこにいる。

正義は攻撃的で、悪は非攻撃的

  • 自分を悪い人だと思っていたら、なかなか人にむかって攻撃的になることはできません。 人というのは、守り抜かなくてはならない壊れやすいものを抱えていると、非常に攻撃的になりますよね。たとえば、子供を守る母ライオンのように。 そういうふうに「大切なもの、全力を尽くしてでも守らなくてはならないもの」を持つことはいいことだ、ということを、みんなナイーヴに信じすぎなんじゃないですか。
感想

時事ネタを扱うため、期間限定と書かれていますが、本質を突いているため、今でも読む価値がある本だと思いました。まとめの上限を超えたため割愛した体罰も良かったです。
■体罰の元被害者が、加害者側に回った時の難しさ
① 痛みに耐えたことを賞賛されたい
他人に苦痛を強いることで、人は「苦痛に耐えた経験への敬意」を要求しているのである。運動部の「しごき」も実はこれと同一の構造を持っている。自分が経験したのと同じ苦痛を他人に強いる人間は、それに耐えたことへの「敬意」を求めているのである。
② 痛かったことを素直に認めることが大事
「あんな痛み、たいしたことない」というふうに強がって他人からの賞賛を期待したり、「あの痛みに耐えた経験があればこそ、私の今日がある」というふうに「苦痛は成長の契機」説によって合理化することを拒否し、「痛いものは痛い」と弱々しく震えることが必要なのだと私は思う。

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