言語技術を持つことで、思考力が変わるということ

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「言語技術」が日本のサッカーを変える (光文社新書)

 考えるサッカーが注目されているなか、そのサッカーをするために、考える事のキッカケとなる言語技術を著者が推している訳だけど、その考えは、サッカー以外にも通用するものがあると思い、まとめてみました。

言語技術の大切さ

  • 著者は、言語技術を大切さにすることによって、思考すること、存在を表すこと、意図や狙いを考えること、本質を掴めることに繋がってくると主張している。

語る前に思考すること

  • コミュニケーションを取る前に、まず状況を的確に解釈し、分析し、論理的に組み立て、そして話すこと。そうした流れを、順を追って進んでいかない限り、正確なコミュニケーションは成立しないでしょう。

語ることは、存在を表すことでもあること

  • 海外へ行けば、自分の考えを持っていない選手、語らない選手なんて存在感ゼロ。すでにスポーツに国境はなくなってきているのだから、日本人選手にとって、ことばを扱う技術を身につける大切さは、高まってきているのだと思います。

プレーを言語化する際、意図や狙いを考えるキッカケとなる。

  • 意味のないプレーは説明できませんが、狙いや意図のあるプレーは、そのプレーが成功したか失敗したかにかかわらず、その理由を語ることができる。

考える事によって、本質を掴めるということ

  • 大切なことばの本質を伝えずに、ただことばだけが広まり、ことばの中に込められた「真の意味」は抜け落ちていった。言語を簡略化し、キャッチコピーのように使えるということは大事なことですが、その裏にある本質がわからなければ、むしろ逆効果です。

育成に携わる著者が考える、プロサッカー選手が意識すること

  • リーダーの不在、判断力不足、社会的責任感の欠如が、いま日本社会にとって大きな社会問題として語られている。こうした社会問題に対しても、私たちは、サッカー界の中から独自のアプローチを試みていきたい。サッカー界から社会改革の可能性を開いていくような優秀な人材を、アカデミーを通して輩出できればと願っています。
  • 「エリート」とは特権階級のことではなく、むしろ戦場などでは、「持てる能力を先頭に立って発揮しに行く存在」のことなのです。つねに重大な社会的義務をともなった存在なのです。能力の高い者に対して良い環境を整えて指導し、その者を社会的な責任を果たす奉仕者として育てていく教育が、本当の「エリート教育」のはずです。

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