内田樹の「労働と集団」に関する名文6選

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ひとりでは生きられないのも芸のうち (文春文庫)

 社会で生きる本質的なこととして、過去の偉人が述べた普遍的なことを題材にしながら、教養とは何かを学べるのが、この本だと思ってて、今回は、労働と集団の内容で、6つピックアップしました。生きていく上で、心のどこかに置いておきたいテーマだと思います。
 

労働とは

労働の本質

  • 職能給や年俸制が合理的なのはそれが成果の査定の仕方として厳密だからではない(事実厳密ではない)。そうではなくて、まだ出ていない成果に対して前払いするという「信頼」を与えられると人間のパフォーマンスが高まるからである。労働というのは本質的にオーバーアチーブである。オーバーアチーブという言葉には、単に「賃金に対する過剰な労働」のみならず、個人にとっては「その能力を超えた成果を達成すること」を意味している。

労働の意味

  • 私たちの労働の意味は「私たちの労働成果を享受している他者が存在する」という事実からしか引き出すことができないからである。

集団で生きること

与える事でしか手に入れることはできない

  • あなたが生きる上でもっともたいせつなのは、「隣人があなたに向ける笑顔」なのである。 貴方自身を愛するように隣人を愛しなさいというのはそういうことである。 貴方が隣人を愛することによって隣人は生きながらえており、隣人があなたを愛してくれるおかげで、あなたはかろうじて生きることができる。 人間は自分が欲するものを他人から与えられることでしか手に入れることができないのである。」

人としての成熟とは

  • ひとりでできることを二人がかりでやる。それによって「あなたなしでは私はこのことを完遂できない」というメッセージを相互に贈り合うこと。それがもっとも純粋な交換のかたちである。

 I cannot live without you.
私はこのyouの数をどれだけ増やすことができるか、それが共同的に生きる人間の社会的成熟の指標であると思っている。たぶん、ほとんどの人は逆に考えていると思うけれど、「その人がいなくては生きてゆけない人間」の数の多さこそが「成熟」の指標なのである。

「共生」とは受け入れること

  • 「共生する」ことが愛することの原基的な形態である。 自分自身を愛するというのは、自分自身の中に存在するさまざまな「不快な人格要素」となんとか折り合って暮らしてゆくということである。「愛する」とは十全な理解と共感に基づくものではない。なんだか「よくわからないもの」を冷静に観察し、その「ふるまい方」のパターンを良くわきまえたうえで、涼しい顔をして受け入れることである。

集団のサイズ

  • それが何を目的とする組織なのかによって集団の「最適サイズ」は変化する。互酬性ということを優先するならあまり巨大な集団には帰属しないほうが賢明であるし、ある種の技能や知識を共有したい場合も、サイズはある程度大きくならないほうが機能的である。だが、集団の「オプティマル・サイズ」については凡通的な基準は存在しない。こればかりは自分で判断するしかない。
  • 感想

    著者いわく、常識過ぎて言われていないことをテーマにしているらしい。
    ただ、著者の鋭い視点は、「こういうことか」って言わせるに充分だと思う。

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