君主篇と国家篇まとめ 「マキアヴェッリ語録」

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マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

はじめに

この本はマキャベッリの言葉、思想の抜粋になります。

当時を生きた人々ならば誰もが知っているが、
現代に生きる私たちは余り知らないような人物や例、時代背景を省いた内容になります。
(例えば古代ローマ歴史家ティトウス・リヴィウスなどを用いた言葉は省いています。)
注釈を用いずマキャベッリのエッセンスを、
当時に生きた人々に近い条件で伝える。そのことをこの書籍は、一つの目的としています。

第一部 君主篇

『歴史に残るほどの国家ならば必らず、どれほど立派な為政者に恵まれようとも、二つのことに基盤をおいたうえで種々の政策を実施したのであった。それは正義と力である。』
正義は国内に敵をつくらないために必要であり、
力は、国外の敵から守るために必要であるからだ。

  • 『フィレンツェ共和国の今後について、メディチ家の質問に答えて』-

『人を率いていくほどの者ならば、常に考慮しておくべきことの一つは、人の恨みは悪行からだけでなく善行からも生まれるということである。』
心からの善意で為されたことが、しばしば悪意を生み、それによって人の恨みを買うことが少なくないからである。
このような場合の善行は、まったく、善意によってそれを為したものの、仇になってしか返ってこないものだ。

  • 『君主論』-

『場合によっては、人を屈服させるのに、非情で暴力的な行為よりも温情に満ちた人間的なあつかいのほうが、有効であることがある。』
歴史上、軍事力では陥せなかった都市が、攻撃側のとった人間的で寛大な処遇によって、城門を開いた例が多いのだ。

  • 『政略論』-

第二部 国家篇

『ここでは、特権階級の意味をはっきりとさせておきたい。』
この名で呼ばれる階級に属すのは、多大な財産をもっていて、それからあがる収入だけで十分に生活可能な人々である。
彼らは、生活の質を得るために、働く必要はまったくない。これらの人々は、どの共和国にとっても有害な存在である。
だが、彼らよりもずっと悪質なのは、いざとなればこもることのできる居城を構え、他者の自由を左右する権力をもっている人々である。

  • 『政略論』-

『サルティウスが、その著者の中でユリウス・カエサルに語らせている次の言葉は、まったくの真実である。』
「どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそものきっかけは立派なものであった」

  • 『政略論』-

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