これからのメディアはどうなるのか?ミニ・コミュニケーション2.0とメディアの行方

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ミニコミ2.0 ミニ・コミュニケーションとメディアの行方

全体のまとめ

本の区分としては「出版」「放送/空間」「インターネット」「メディア」
となっており、それぞれの章で語り手・語り方(対談、インタビューなど)
が異なるオムニバス本です。
特に「メディア」部分の東氏の言葉が印象的だったので、彼の言葉を中心に
(多少無理矢理)本書の内容をまとめてみました:

メディア状況は00年代後半から10年代にかけて一変した。
「その気になればいつでもどこでも誰でも気軽に何でもできる」環境に。
  ↓
そんな現代の情報過多社会では、個々人の要請に最適化するため、
小さなメディアがあちこちで乱立するようになった。
  ↓
しかし同じ趣味の人間で囲い込んでお互いを癒す場として
機能するだけのミニコミは意味がない。
  ↓
本気でメディアの成長や流通、コミュニティの情勢を考えるなら
きちんとまだ届けられていない上の世代との接続項も作るべき。
  ↓
「好きなことを好きなふうにやる」ことが自己目的化するのは残念。
「好きなことを好きなふうにやった結果、世界を変える」というのが
ミニコミの本来の目的であるはず。

以下、「インターネット」の部分が中心になってしまいますが、
印象的だった部分を抜粋します:

本書で前提となる3つの理念

①Web2.0:
情報を巡る環境は一方的な流通から誰でも情報を発信できる状態に。

②コミュニケーション・メディアの台頭:
メディアはコンテンツを生み出すだけでなく、コミュニケーションを
発生させる増幅装置という意味合いを強く帯びるように。

③情報の細分化:
「その気になればいつでもどこでも誰でも気軽に何でもできる」環境
小さなメディアが個々人の要請に最適化することは、
マクロには情報の分散を、ミクロには情報の先鋭化を招く。

情報化社会の条件(湯川鶴章)

【記事は「始点」であるべき】
今までのマスメディアの記事は「終点」だった。
これからの時代の記事は「始点」であるべき。
その記事を核に情報が集まり、議論が高まる。
色んな主張を見て、「自分なりの答え」を持つ。

【情報過多の時代】
情報が細分化する中で全ての情報を持つことは不可能に近い。
正確で全てを網羅した完璧な情報ではなく、
それが拡散することで付加情報を引き出し、
何かの運動やコミュを生むような情報の方が価値がある。

【ビジネスを考える】
オンラインメディアを核に読者コミュニティができれば
その中でいろいろな有料サービスを展開できる。
個人が出版社に、ブログがメディアになる時代。
それこそが情報化社会。

Twitterの公共性とミニ・メディアの可能性(津田大介)

【マスメディアとTwitter】
マスメディアはTwitterを補完的に使うことができる。
Twitterはそれ自体では足りないメディア。
外部性が生まれるから既存メディアと共存できる。

【公共性を含むメディア】
Twitterは島宇宙化を拒否する部分がある。
本来興味を持っていなかった話題に衝突することになる。
それぞれのアカウントが帰属する場所(コミュニティ)がない。
横槍が入る可能性は常にあり、必然的に公共性を含んでいる。
コミュニティよりコミュニケーションだけが存在。

【情報過多の時代】
情報過多な世の中から広義の意味での専門家たちが
適したものを拾い上げてくれる。
それを支えるのはメリットもデメリットも関係ない、ただの善意。
それが多層的に積み重なって価値が生まれる。

メディアを考える、メディアから考える(東浩紀)

【自閉した「ミニコミ」に批判】
表現したい人間、表現を求める人間でコミュニティを形成し、盛り上がり、
参加者を癒すメディアとして存在するミニコミはどんどん増える。
しかしどれだけの人が「書く」ということ「人に言葉を届ける」こと
に対して厳密に真摯に向き合っているのか。

【お祭り騒ぎではなくて】
お祭り騒ぎではなく、多層的な繋がりを今後どれだけの人間が作れるか。
そこにミニコミ誌のシーンはかかっているはず。
「ぼくらのメディア」的な自閉した状態は、
ゼロ年代の思想や批評の最大の弱点。
世代意識が強すぎ、他の世代に対する説得力、説得する気力をなくしてる。

【「ミニコミ2.0」を考える時】
①自己満足が目的なのか
②好きなことを突き詰めた結果、世界を変えることができるか
担い手自身も厳しく仕分ける必要あり。

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