福島第一原発二十キロ圏内で保護活動をするカメラマンが撮りためた、助けを待ち続ける動物たちの写真集。

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のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録

人間を待ち続け、人間の都合で死にゆく動物たち

 著者の太田康介さんは報道カメラマンとして、アフガニスタン、カンボジア、旧ユーゴスラビア連邦などの紛争地帯で撮影してきた経験がある。東日本大震災が起きてしばらく経った後、インターネットで原発から二十キロ圏内で撮影された画像を見て著者は立ち上がった。それは人影のない街を食べ物を求めて徘徊する犬たちの写真だった。著者自身も四匹の猫を飼っており、知人に犬猫の保護活動をしている人がいたこともあって相談して二日後の三月三十日には現地入りしていた。著者は車に積めるだけのドッグフードやキャットフード、水を買い集めて詰め込み、幾度も福島に通った。被災した犬や猫に餌を与えながら、カメラのシャッターを切り続けてきたのである。
 著者は犬や猫といった、いわゆるペットだけではなく、牛や馬、豚といった家畜の厩舎にも訪れてカメラを構えた。牛舎に入った著者の足音を聞いた牛たちは一斉に鳴き始めた。異臭を放つその牛舎では既に五十頭のうち三分の一が息絶え、かろうじて生き残った牛たちもみなやせ細り著者に向かってしきりに鳴いたという。
人間の起こした勝手な原発事故で牛舎に取り残された牛たちは、糞尿にまみれて仲間の死体を見ながら死んでいく。
「ここは地獄だ。」そう思った著者は「ごめんよ、ごめんよ」と謝りながら写真を撮っていた。著者にできることは、写真を撮り、今起こっている現実を多くの人に知ってもらうこと。それしかできない。
 せめて牛たちを安楽死させてやれないか、そんな考えすら過りながら、著者は怒りが湧いてきて、チクショー、チクショーと呻きながらシャッターを切った。この怒りは著者を含めた人間に対してのものだった。
著者は無力感に苛まれていた。「チクショー、チクショー。畜生は、人間の方だ」と。
 しかし著者他、動物保護ボランティア団体の懸命な活動虚しく、2011年5月12日に原発から二十キロ圏内の家畜は、全頭処分と政府決定が発表された。
 著者はその後毎週末、時には週二回、約三ヶ月の間に合計十七回、二十キロ圏内に入った。結成された犬猫捕獲チームと共にゴーストタウン化した街に被災犬猫の影を見つけては這いずり回る日々。
 原発の事故によってペットや動物たちが置き去りにされ、すぐに彼らにも救いの手が差し出されるであろうと思っていた著者。しかし現実、最初の頃は大手メディアもその事実をほとんど報じなかったことに戦慄を覚え、自分の力でなにかしなくてはと現地入りして撮影し、自身のブログで発信を始めたのが最初だった。
 著者が現場に通い始めて強く感じたのは「待っている」ということだったという。動物に限らず、土地も、家も、桜の木も、すべてが待っている。
 そのすべてを救い出すのは不可能だと認めつつ、「一匹も見捨てたくない」という思いで被災動物保護を訴える活動に身を捧げてきた著者渾身の写真集である。

感想

 東日本大震災で全てを失ってしまった人々。福島第一原発事故の影響でやむなく県外へ移住した人間達の問題は、この先次世代まで課題を引き継ぎ、完全に解決することはないだろう。
 確かに人間社会では人命が第一だ。だが、ペット同伴避難できた飼い主もいて、避難所という一時的な集合住居の中でも動物の居場所を施設外に許容してくれた被災者同士の協力もあったと聞く。 
 そんな最中、被災動物のことまで目が行き届かない。「動物愛護団体にでも任せておけばいいんだ」という空気が被災地から離れた世間一般に醸成されている。その被災動物問題の風化が、今日、被災動物の保護活動を維持していくマンパワーの欠如や、支援母体そのものの維持費が集まらなくなることにつながっているのではないだろうか。

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