タリーズコーヒー設立されるまでの松田公太さんの歩み

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すべては一杯のコーヒーから (新潮文庫)

タリーズコーヒージャパンの創業者で現みんなの党参議院議員・松田公太さんの自叙伝です。

帰国子女である松田さんが、若くして起業しさまざまなことを経験しながら事業を大きくしていく。

本人のもちまえの明るさや前向きさがその語り口調に現れています。

ここでは主にタリーズコーヒー設立されるまでの松田公太さんの歩みをまとめます。

ごく普通のサラリーマン家庭に生まれて

・5歳の時にセネガル(アフリカ)へ
 →内気だった弟と対照的に、物怖じしない性格で人気者に
 →「中国人なんでしょ?」日本人としてのアイデンティティの芽生え
   ※前向き・積極性はどこでも有効

・小学四年生の時に帰国
 →登校初日から「アフリカ人!」といじめられる日々
 →学級会で糾弾されるいじめっこをかばった事がきっかけにいじめられなく
   ※悲観しない・筋を通す・卑屈にならない

・起業家の国・アメリカ
 →小学5年生から今度はアメリカへ
 →小さい時から皆アルバイトする。そうやって責任感を学ぶ。
   ※同調しない・将来を見据える・食を通じて世界をつなげたい

経験を積む

・日本、筑波大学にて
 →アメフト部体育会系の人間関係、特に上下関係を学ぶ
 →就職活動も「いろんな人の話をきく機会」と捉える
 →バブル最中の売り手市場、銀行を選んだのは「事業をするため」
   ※人が好き。人の話をきくのが好き。

・銀行員として経験を積む
 →理不尽と不可思議ばかりのバブル期の銀行
 →「自分の給料の5倍は利益をあげよう」と決める。
 →6年勤めた銀行を「トップ営業マンとして」退行
   ※経験と実績がないならば足で。目の前のことに一生懸命に。

タリーズコーヒー・銀座1号店へ

・「スペシャルティコーヒー」との出会い
 →友人の結婚式で招かれたボストン。初めて飲んだ「おいしい!」コーヒー
 →シアトルに飛び、10店目でようやく出会った最高の店「タリーズ」
 →いきなり創業者で会長トム・オキーフを電話で呼び出す。銀行で学んだやり方。
 →無視されてメールを送り続ける日々。ようやく副社長「参考になる意見をありがとう」
   ※どんな難しくとも実現する方法は必ずあると信じる。

・恵まれた「人との出会い」
 →コーヒーと併売できる商品を探して出会ったダンケンズの創業者。
 →「俺もシアトルに住んでいる。代わりに交渉してやろうか」
 →糸口を掴み、日本の出張先にも勝手に押し掛け直接交渉。

    「1号店は最高のコーヒーにふさわしい場所を!」

まとめ

これ以外にも人生や考え方に大きな影響を与えたと言われている弟さんとお母様の死や、

起業に際して7千万円の借金を背負う決断をした時のお話など、

印象的なエピソードがたくさんあり、そこから感じることは多かったです。

最後に、松田公太さんらしい、そんな言葉を本書の章タイトルから。

「Filled with Passion - 情熱を込めて」

「On a Mission - 使命感を持って」

「Believe in Yourself - 自分を信じて諦めない」

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