織田信長の魅力は信長独自の価値観にあった!

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織田信長の人間学 (講談社文庫)

信長の魅力はどこにあるのか

戦国時代の人物の人気投票で1位。
ワンマンであり、非道なことをしてきたと言われる人間が、何故人気者なのか?

人気がある理由の一部として、
・ロマン性
・詩人性
・自由・開放性
・勧善懲悪の姿勢
を信長が備えていることを著者は挙げている。

主権の下降現象

主権は、下記の流れで移っていると信長は気付いた。
天皇→貴族→大名→家臣(陪臣)
陪臣であった織田家にも主権者になれるチャンスがあると考えていた。

放伐の思想

自分が天下を取っても、自分より優秀な人間が現れればソイツが天下を取るべき。
と考えていた。
(放伐:孟子の思想。「徳の無い王は、臣下が武力を以てこれを追ってもいい」)

宗教的価値観

信長は神仏を軽蔑していた。

エピソード①:信長の父が瀕死の際、坊主達が父の回復を保証していたが、父が死んでしまった。坊主達が父の健康に対して坊主達が嘘を言ったことに信長は激怒し、坊主を監禁し、射殺した。

エピソード②:足利義昭を将軍にした信長は、京都中の寺の仏、地蔵を壊して石を集め、二条城を作った。

エピソード③:比叡山焼き討ち。宗教を利用して政治を脅かし、民衆にも迷惑をかけていた僧兵を一掃した。新井白石曰く、「比叡山焼き討ちは信長の一番の功績である。」

しかし、部下を動かすためであれば信仰を利用した。桶狭間の戦いの前に熱田神宮に詣で、仕掛けをし、部下達のモチベーションを高めた。

将軍家に対する価値観

足利将軍家を傀儡にし、将軍家の無能さを公にした。

将軍家に「殿中御掟」という約束書を交わさせた。簡単に言うと、「信長に相談せず勝手な行動をするなよ、でも宮中の儀式位は任せてあげるよ」という内容のものだった。この誓約書によって、足利は軍事権、行政権、経済権、司法権、行刑権などの一切を奪われた。

被抑圧者に対する価値観

当時、社会の最底辺に位置し抑圧されていた、流動者を優遇した。
彼らのバイタリティ、情報収集力、柔軟な思考、合理的精神などに着目した。

兵士の専門化

農村の生産量を高めて余剰労働力を生じさせ、あまった労働力をプロの兵士に育てる。
→秀吉の太閤検地、刀狩に繋がる。

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