リスクが全くない日常生活などありえない。では、どうリスクと付き合うか?「『ゼロリスク社会』の罠」

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「ゼロリスク社会」の罠 「怖い」が判断を狂わせる (光文社新書)

人はなぜ、リスクを読み間違えるのか

  • リスク判断は、理性より本能が優先する。従って、人はしばしば感情的、非合理的で誤った判断を下す
  • リスクを増幅させる「認知因子」がある。例えば、一般的にリスクが「自分に関わる場合」は、「他人に関わる場合」よりリスクを大きく感じる傾向がある

  • リスクは放置すれば拡大するので、削減するには必ずコストがかかる。だが、どれだけリスクを減らそうとしても絶対ゼロにはならない。だから、現実に生きていくには、リスク削減によるコストと利益のバランスを見ながら、多少のリスクは受け入れる必要がある

  • リスクは、単純な「有無」で判断してはだめ。「どれだけ」あるのかが重要だ。分量が少量であれば、事実上悪影響がないリスクは数多い。また、統計のトリックやデマに注意を。「間違っているがおもしろい話」は「正しいがつまらない話」より広まってしまう傾向があるから。あなたは「間違っているがおもしろい話」を信じてはいないか?

「天然」大好き、「化学」大嫌いの罠

  • 人が“天然イコール安心”と思いがちなのは、人工的な化学物質による災禍(公害など)が印象に残っているからだろう。だが、天然だから健康!安全!は誤り。自然や天然を売りにした悪徳商法に引っかかる。「合成添加物は人間の体で処理できない」のような、一見科学を装った嘘には注意を

ゼロリスク症候群という罠

  • 「危険物質が完全にゼロでなければ、すなわち危険」という考えをゼロリスク症候群と呼ぶ。これは誤った判断だ。例えば、食品の基準値はあらかじめ厳格な数値になっている。残留農薬が検出された場合でも、その分量が基準値に満たなければ、ヒステリックな反応をする必要はない

◆「摂取したら死ぬ」というなら水も危険物質になってしまう(水がぶ飲みコンテストで水中毒死の例あり)。重要なのは危険物質が含まれているかどうかではなく、あくまでその「分量」なのだ

「発がん」の恐怖という罠

  • 発がん物質は「摂るとがんを発症させる物」ではない。正確には、がんになる「可能性があると疑われている」物質のこと。発がん物質は蛍光灯や茶、コーヒー、ガソリンや携帯電話、女性ホルモンなど日常に存在する。避けようとするのは勝手だが、生活が困難になることを覚悟せよ

「狂った油」「血液ドロドロ」の罠

  • トランス脂肪酸には数々の誤解がある。自然界に存在しないといわれるが、実際は少量存在。分解代謝されないで体内に蓄積される、というのもデマだ。確かに無害ではないが、日本人の摂取量は問題になるほどではない。むしろ他の油の摂取過多に気をつかおう

代替医療(疑似科学)の罠

  • ホメオパシーとは、病気を引き起こす成分をごく少量摂ることで、逆に抵抗力を引きだし治癒させるという医療。科学的に根拠がなく、実験により治癒効果も否定されている。副作用はないが、信奉者は正規医療を否定しがちという弊害もあり、好ましくはない

放射能の恐怖という罠

  • ICRPの「(被曝量を)合理的に達成可能な限り低く」という原則は、完璧なゼロを追求すると逆に放射能以外のリスクを招くことを示唆している。被曝量は基準を越えたら即アウト、ではない。緊急時には、他の不利益とバランスを検討した上で、基準値変更を行っても即危険にはならない。この点を必ず理解しよう

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