大震災・フクシマを井上ひさしの小説エッセンスとともに振り返る

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取り返しのつかないものを、取り返すために――大震災と井上ひさし (岩波ブックレット)

短い文章で、大震災・フクシマ、ひいては現代日本社会の問題を上げ、井上ひさしの小説に描かれた端的なエッセンスを紹介しながら、われわれの希求すべきことをあらわしている。

(1)内橋克人 不安社会を生きる

・「がんばれ日本」という言葉の空疎
当事者は十分がんばっているし、他人事として言っているに過ぎない
阪神大震災のときは個人補償をしないと時の村山総理は発言したが、それでも
「がんばれ」とだけは言うのか

・救援と糾弾の同時併行

・原発列島日本

なぜ国民的同意もなくこのようなことが許されてきたのか?他国では自然エネルギーで
自給できている国はある。

・原発安全神話の国家戦略
原発の危険性を指摘する研究者を異端児扱いし、子供の教育にも原発は安全
であるということの刷り込みが行われている。

・「不安社会」
個々の生活の日常の不安と、社会構造的な不安

特に後者の3つの特色
①社会的変動のしわ寄せが社会的弱者に集中する
②自律的回復力がない
③頂点同調主義

・「絆」とはなにか
絆とは本来接着剤のような意味であり、家畜を縛り付けておくものである
人間でいえば奴隷的状態を指す言葉である

親子の介護では、介護疲れで最後には親を殺してしまうとか、そういったもの
が絆の背後にはあるわけである。愛情などそのものを指す言葉ではない。

(2)なだいなだ 靖国合祀と憲法

・こころ医者
医者の数は少ないから、自助的なものに頼る必要がある
震災に合った人の気持ちは震災にあった人にしかわからないし、遠くから何の
被害にあってもいない「専門家」が来るよりもいい

・靖国問題
靖国で祀られている人は戦地で死んだ人だけというのが原則
戦没者を神様として祀ること(宗教とすること)がおかしい

(3)大江健三郎 九条を文学の言葉として

・井上ひさしとの駄洒落対決

・どのように憲法を読むか
憲法を小説の中に読んできた
井上ひさし=難しいことを易しく、自分は自分自身の言葉を小説の中に見つける

希求という9条の言葉に悲しくも、まじめな響きを覚え、感動した
人の死に直面することで、悲しくもまじめな人間になることができる

・『父と暮らせば』
ヒロシマで家の下敷きになった父を火災で死なせてしまった娘と、その下に来た父の魂
とのやりとりを描く井上ひさしの作品。娘は父を見捨てて逃げた罪悪感から自分は幸せ
になってはいけないと思い込んでおり、父の魂が家の押入れに入り込んで説得をする。
父の願いを最後に理解した娘をボーイフレンドが迎えにくるところで父と別れるのだが、
「ありがとありました」という言葉を交わすところに感動する。この話はまさに東日本大震災で取り返しがつかないことをしてしまったという思いの人が、それを取り返すためにたたかっているのだということを教えてくれる。

取り返しのつかないものとして核を上げ、これに反対することを表明している。

(4)小森陽一 井上ひさしさんの言葉

吉里吉里地区では多くの人が亡くなり、被害を受けたが、すぐに住民の手によって自給の活動を始め、まさに吉里吉里人さながらである。井上ひさしの言葉は、被災地に尊厳と生きる力を今尚与えている。

感想

短くも非常にエッセンスに富んだ文章。また文学的な面白みなどとも絡めているため、その内容にますますの説得力というか、しみこんでくるような感覚を覚える。

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