ジャーナリズムが亡びる日の書評・感想

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ジャーナリズムが亡びる日―ネットの猛威にさらされるメディア

これからの広告

総じて、マス4媒体における広告費は低迷している。新聞広告は、広告の浸透率を計る手段がなく、読者層もしぼれないため、広告のムダ打ちも多いと言われる。テレビ広告については、近年安価なインターネット広告が普及していることがあり、特定企業が特定番組に出資する「タイム広告」の割合が減っており、より出費の機動性が高い「スポット広告」へ移っている。この事実 から著者が指摘するのは「他の広告手段の充実」すなわちインターネット広告と「広告媒体としての力低下」である。
ならばインターネット広告こそ万能かと言われれば決してそうではない。もちろんテレビと比べると広告効果を測定しやすい、 スペースの制限がない、コストが安い、検索履歴などから「行動ターゲティング広告」が可能である、広告のコピペも簡単で、拡散しやすいといったメリットも。これだけの利点がありながら、インターネット広告に殺到しないのはやはりそれなりのデメリットがあるからだ。NHK放送文化研究 所が2009年に出した調査結果によれば、インターネット広告を「全く見ない」人が70%弱も占めていたのである。また、行動ターゲティング広告など、プライバシーの侵害であると疑問をもつ人々も多い。

地デジ化問題

2011年7月24日 に迫った地デジ完全移行にも問題が山積している。未だに地デジ対応チューナー・アンテナの普及率は低く、地域によっては電波を受信することができない地デ ジ難民が発生する。低所得者層にはテレビの買い替えは気軽にできるものではない。役目を終えたアナログテレビを廃棄するにあたって費用、廃棄場所はどうす るのか。懸案事項がとにかく多い。多くの地デジ難民が発生してしまうことで、テレビの視聴人数はその分目減りし、それは広告収入の減収につながってしまう。著者は政府の無計画な地デジ化移行計画を批判し、アナログ停波を延期すべきだと訴えている。地デジ放送を見られないといった意味での弱者層を軽視してしまえば、「テレビ離れ」にも少なからず影響するだろうとも著者は述べている。

通信と放送の融合

また著者は、テレビの映像コンテンツが一度放送してそれでおしまい、というシステムにもったいなさを感じている。「一粒で何度もおいしい」ビジネスを提言している。そしてインターネットがその可能性を広げる。”ワンソース・マルチユース”というモデルである。アメリカにおける”ワンソース・マルチユース”の例として、本書では”Hulu”をあげている。このサービスは、テレビで放映された映像コンテンツをインターネット経由で共同配信するというものである。収益モデルとし て、YouTubeとの比較を行っている。YouTubeに流されているコンテンツは、大多数が素人による投稿、下手をすれば違法コンテンツも含まるため に、広告主は広告を出稿しにくい現実がある。しかしHuluで配信するコンテンツは、著作権侵害がない、プロが作った映像であるため、比較的安心して広告が出稿されるのである。米国では放送と通信の融合が進んでいるということの代表例がこのHuluである。
日本での放送と通信の融合は複数の要因 で難航しているが、この本では特にNHKの料金体系に焦点をあてている。現在NHKオンデマンドというサービスが付帯業務的に無料で公開されているが、これを正式業務として本格的に始動する際に料金体系に問題があるようだ。著者曰く、パソコンを中心に視聴する人から受信料を徴収することは難しい。しかしだからといって従量課金にすれば、テレビについてもそれを認めなければならない。そうなると受信料という料金体系を維持できるかということに疑問が生じ、 NHK組織体制を根本から覆さねばならない。と著者は指摘する。

感想

インターネットから得られる情報が溢れかえる現代。これからインターネットの情報も有料化していかなければならないというのは避けられない流れだろう。新聞業界においてもインターネットコンテンツを有料にするか無料にするかで頭を悩 ませているようだ。コンテンツを無料開放することで多くの閲覧者を獲得しその分広告収入をえるのか、それとも多少閲覧者は減っても、コンテンツ自体を有料 にすることで回収するかのせめぎあいである。いずれにしろ、広告業界、放送業界、通信業界すべてにとってインターネットは大きな可能性を秘めつつ、同時に問題児でもあると言えるだろう。

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