食の終焉の書評

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食の終焉

 比較優位という経済用語がある。おおざっぱに言えば、限られた資源を有効に活用するためには、自分以外も作れるものは余所に任せて、自分にしか作れないものを作った方が全体のためになるという考え方だ。この比較優位の考え方に従い、グローバリゼーションは進行して来たと言えよう。付加価値の低いものは輸入で賄い、付加価値の高いものを生産して外貨を獲得するのだ。
 この経済システムの中に、著者のいう「食システム」も組み込まれて来た。最初のステップとしては、一次産業を他国に任せて食料品を輸入する。下拵え済みの食品を購入して料理の手間を省く。ついには過程で料理をせずに外食産業に依存するという様な流れだ。スーパーに出かけてみれば、売り場に並んでいる食品が、世界中からやってきていることを実感できるはずだ。

 しかしこれは持続可能なやり方なのか?著者はそこに疑問を呈する。前述の消費形態が限られた地域の特権というならば良い。だが、経済が発展するに従い、裕福な暮らしを出来る地域も増えて来た。一方で、急激な人口増加のために食糧をまかないきれない地域も生まれる。それなのに、食糧生産の伸びは鈍化し、人口増に追い付けない。このままではどう考えても破綻するだろう。一体何がいけなかったのか?著者は、食を単純に経済システムの中に組み込んでしまったことに問題があったのではないかという。
 もちろん、人々はただ手をこまねいて状況を見ているわけでもない。解決のための取り組みは様々に行われている。遺伝子組み換えなど、食糧生産を劇的に増大させるやり方の模索。地産池消など、食システムの抜本的な見直し。だが、未だ決定的な解決方法が見つかっていないことも事実であり、その解決には、消費者がこれまでの何かを犠牲にする必要があるのかもしれない。

食の終焉

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  • ポール・ロバーツ

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