ソードアート・オンライン〈1〉の書評・感想

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ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

 脳からの信号をインターセプトして肉体との接続を切り、仮想空間での五感の再現を行う技術。そしてそれを背景とした多人数参加型のネットワーク・ロールプレイング・ゲーム、「ソードアート・オンライン」。1万人限定で運用が開始された仮想世界は、同時に管理者によって現実世界から切り離された。一度ログインしてしまえば、ログアウトするにはゲームをクリアするしかない。現実世界でゲームのインターフェースを物理的に外そうとすれば、神経信号を送受信している装置が発生する強力な電磁波により脳を破壊されてしまう。いわば自分の体を人質に取られた状態で、ゲームの進行を強制されるプレイヤーたち。
 ある者は絶望して死を選び、ある者は何もせず呆然とし、ある者は徒党を組み、そしてある者は一人ゲームのクリアを目指す。現実の体は病院に繋がれたまま2年が過ぎた頃、世界は唐突に動き出す。ある少年と少女の出会いによって。

感想

 自分の意思で抜けられない(仮想)世界で生き抜くことを強制された人たちの物語、と要約できるだろう。この仮想世界では完全に五感が再現されているため、主観的な認識の範囲では、それを現実と呼んでもかまわないと思う。
 もちろん、一般に言う現実世界とはルールが違うし、現実の体が生命活動を停止すれば仮想世界でも消滅してしまうという制約がある。しかし、ここで考えてみたい。
 現実の世界のルールは誰が作ったのか?物理法則は自然、もしくは神という存在が決めたのだろう。国家や法、経済というルールは人間自身が決めた。そしてこの構造は、仮想世界でも同じではないのか。物理法則や世界を支配するルールはゲームの設計者が決めるのだろうし、ゲームの参加者が社会のルールを決める。
 死だってそうだ。現実の世界では病気や老衰、つまり生物の細胞に異常が生じる事で死に至るが、昔の人が考えたように、寿命を決めるのがどこかに存在するろうそくの長さではないと誰もいいきれまい。現実世界での死は、その原因まで理解しているようで、実は理解していないのかも知れない。そうだとすると、仮想世界での絶対寿命が現実世界の寿命に制限されるのと構造的には同じではないか。自らの経験に基づいて世界を判断する限りにおいて、その経験が自分にとって完全なものでありさえすれば、そこがリアルであろうとバーチャルであろうと本質的には関係がないと言える。

 この世界の主人公であるキリトやアスナは、リアルよりバーチャルの方が良いと賛美しているのではない。またその逆に、バーチャルを卑下しているのでもない。2年間過ごした"現実"を現実として認識しているだけだ。だから、バーチャルでの経験は、リアルに戻っても続いていく。失われた2年間にするのではなく、別の世界で経験を積んだ2年間と捉えているのだ。
 第1巻と銘打たれていますが、この巻でバーチャル世界からの脱出は完了します。この後はどういう方向に進むのか、楽しみです。

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