百人一首の時代の恋愛とは?

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超訳百人一首 うた恋い。

百人一首も超訳の時代!31文字の和歌に込められた恋愛物語。

百人一首の時代の恋愛

携帯もメールもない時代、貴族の恋は大変でした。貴族の姫たちは厳重に守られていてOKが出るまで、顔も見られないのが普通でした。姫と結ばれても、朝になれば、男は帰らなくてはいけない時代です。貴族の姫たちも、最初こそ、もらったラブレター(和歌)の出来ばえや将来性で男を選ぶことはできても、恋が始まった後は、男の訪れをただ待つだけでした。現代からは想像もできない不自由さの中で、それでも男と女は恋をし、和歌を交わしました。百人一首はそんな時代に、藤原定家(ふじわらのていか)が撰者となって作られました。

在原業平

在原業平といえば『伊勢物語』の主人公のモデルとして有名。業平の恋愛武勇伝みたいなものだよ。いろんな女性と恋歌を交わして、恋の噂が絶えないイケメン。それが『伊勢物語」で語られる業平像。業平は、すごく奔放で、大胆。高子と駆け落ちを企てたり、時の斎宮様と密通したり、かなり危ない恋をしている。ひとつひとつの恋にその身をかけるような情熱が、業平にはあった。そういうところがモテた。業平のような人物を、「色好み」という。女たらしのことだけど、この時代はそれがひとつの文化だった。テレビもマンガもない時代は、娯楽が限られていて、恋愛や色事が遊びとして、文化として花開いていた時代。恋愛は風流なものだった。

ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは(在原業平朝臣)

後朝の文

逢瀬の次の朝、男が女に送る恋文のこと、この時代は、別居婚、夫の通い婚が普通だった。男は夜に女をたずねて、朝になったら帰っていた。いつ来てくれるかも分からない恋人を待つ女の身としては、そういった文で「昨夜の君、素敵でした。また来ます」といってもらわないと不安で仕方なかった。だからこそ、大事になってくるのは、手紙を送る時間帯。家帰ってすぐ朝のうちに手紙を届けるのが普通だが、夕方あたりになると大変。同じ「また来ます」でも、朝一と夕方じゃ重みが全然違った。この時代の恋愛もスピードが命だった。貞明は、家に着くのも待たず、牛車の中で筆をとった。これは愛が深いということだった。現代で恋人にすぐメールをするのと同じことだった。

筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて ふちとなりぬる(陽成院/貞明)

感想

テレビでアニメをみて即買い!古典の授業ではよくわからなかった百人一首でしたが、アニメだとわかりやすい!

久しぶりにおすすめできる本です!

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