脳研究の成果を「脳の科学史」の視点から解説!

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脳の科学史  フロイトから脳地図、MRIへ  角川SSC新書 (角川SSC新書)

概要

脳研究の成果を科学史の視点から俯瞰する。著者はMRI(磁気共鳴画像法)の開発を手掛けた脳科学者。

脳と電気

脳神経の情報伝達は電気が担う。18世紀にはガルヴァー二がカエルの足の研究を行い、電気が神経系に重要な役割を果たすことを見抜いていた。

19世紀に入ると神経の研究が進み、脳の部位と機能の関連を表した脳地図が作成される。20世紀近く、染色技術の進歩により脳の神経細胞がついに可視化。

19~20世紀は戦争によって脳損傷者が増え、脳のどの部分にどんな働きがあるのか一気に分かるようになった。

脳地図から始まった本格的な研究

脳機能局在論の進化につれ、19世紀後半から脳地図が盛んに作られた。

脳の各部位に“機能ごとに番地をふった”ブロードマンの脳地図は今でも評価が高い。フレクシッヒの脳地図は、髄鞘(神経線維を覆う組織)の発達順番を示した貴重な資料だ。

有名なのは1950年に発表された、ペンローズの“ホムンクルス(脳内の仮想の小人)”の脳地図。脳の部位とそこが制御する体の部位を関連づけた、奇妙な絵が印象的だ。

この20年での脳科学の進歩

脳の情報処理は膨大で伝達速度も上限があり、意識化できるのはわずか。脳の活動は自分ではほとんど認識できない。精神分析で知られるフロイトは神経科学に造詣が深かった。おそらく無意識のメカニズムを知っていたのでは。

鉄棒が頭部に刺さったフィアネス・ゲージ氏の事例では、前頭野の破壊で倫理観に支障がおきた。つまり脳機能局在の可能性が示唆されている。今では、機能局在をベースとしつつ、脳全体の相互連携も重要という中間的視点が主流だ。

「ミラー・ニューロン」の発見は1996年。仲間の行動を見るだけで、実際にその行動をしたのと同じ脳部位が反応を示す。ただ、反応を示すだけで実際の模倣ではない。ミラー・ニューロンが模倣にどう関わるのかは未知数だ。

概日リズムの体内時計では捉えきれない、ごく短い時間の感覚や制御を脳はどう行うのか。解明のために、時間神経科学という分野があってもいい。

MRIと脳の可視化

「測定」「可視化」はとても大事。新しい学問分野が生まれたり、治療に役立ったりする。著者は水俣病で微量水銀を検出する研究に携わった。検出中に蒸発してしまう水銀を探るべく、ゼーマン原子吸光分析法を編み出す。

MRI(磁気共鳴画像法)は、核磁気共鳴を利用した測定法。仕組みは先述のゼーマン効果による分析と似ていて、ある磁場を作り出した上で水素原子核の信号変化を検出し、身体内部の画像を作り出す。

脳の動脈瘤の早期発見に使われるMRA(磁気共鳴血管描画)は信号の位相の違いを検出。動いているもの(血液)だけを撮影できる。fMRI(機能的磁気共鳴描画)は血流の増減などをモニターし、活発に活動する部位を画像化。

進化と脳

胎児の成長は進化の過程をたどる、との説がある。先述の「フレクシッヒの脳地図」にある髄鞘化の順番は、進化の順を示すかも。最初は体性感覚野、次に聴覚野、視覚野と発達して言語能力が出てくる。言語はそもそも聴覚性だ。

脳は並列同時処理を行うが、視覚はその典型。物を輪郭や色、動きなど様々な要素に分解処理してから再統合し認識する。ただ統合の仕組みはいまだ不明。

最先端の科学者が集まると“脳が分からない”ということが分かってくる。最近では、倫理観や共感性のような社会的な判断も脳科学の対象になってきた。

言語で人間は未来が考えられる

会話はできるが文字が理解できない、ディスレクシア(難読症)という病気がある。アメリカでは人口の7%に及ぶ。視覚と聴覚のループの欠陥が原因か。遺伝子のわずかな異常により、文法を理解できない家系の報告もある。

未来の概念を持つ動物は人間だけと考えられている。サルは時間の感覚が人間ほど精緻ではない。「時間」の概念は、言葉がないと想起しにくいのだ。言語能力が脳内の情報を整理して、未来の予測を可能にする。

脳と幸せ

意外にも「憎しみ」については研究分野が存在しなかった。現実世界では重要な分野なので研究を進めるべき。

現在の人間の業績を100万年後に伝える「ヒューマン・ドキュメント・プロジェクト」はユニーク。遠い未来の生物に伝わる言語・表現とは何だろう?

筋萎縮性側索硬化症の患者との意思疎通のためにBMIが開発された。呼びかけに対する脳の反応を見ると、植物状態の人でも意識があることが分かる。

問題が解けること、仲間がいること、人に必要とされること、未来への確信…。人間は物質的な報酬以外でも、幸福感・充実感を得ることができる動物だ。これらの研究から、豊かな生き方に向けての智恵が見つかるのではないか。

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