愛することは技術である。「愛」とは何か

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愛するということ

■「愛」に対して下記の3つの誤解がある。

①愛の問題を「愛する」という問題ではなく「愛される」という問題としてとらえている事
②対象の問題であって、能力の問題ではないという思い込み
 対象に対して、自分の価値との、等価交換による愛の購入を試みる。
③「恋に落ちる」という最初の体験と「愛している」という進行形の状態を混同している事

また愛の理論は、「人間のもっと深い欲求」を解き明かすことから始まる。
それは「孤立を克服し、孤独の牢獄から抜け出したいという欲求」である事である。

■その欲求を満たすための方法は、下記のいずれかにあてはまる(その人間がどれくらい個人として独立しているかによってどの方法を選択するかが分かる)

・「祝祭的興奮状態」
・「集団に同調する事」、そして、仕事、娯楽は、型にはめられていく。
・「創造的活動」
・人間同士の結合を意味する「愛」である

■人間どうしの結合の達成には2パターンある

①共棲的結合
  (生物的な形)=妊娠している母親と胎児の関係
  (受動的な形)=服従、マゾヒズム
  (能動的な形)=支配、サディズム

②成熟した愛=自分の全体性と個性を保ったままでの結合である。
    ⇒能動的な活動であり、「おちるもの」ではなく「自ら踏み込む」ものであり、     「愛」は与えるものであり、もらうことではない。   

また下記はマルクスの引用である。
「世界に対する人間の関係を、人間的な関係とみなせば、愛は愛とだけ、信頼は信頼とだ けしか交換できない。もし人を愛してもその人の心に愛が生まれなかったとしたら、
 つまり、自分の愛が愛を生まないようなものだったら、
 また、愛する者としての生の表出によっても、
 愛される人間になれなかったとしたら、その愛は無力であり不幸である。」

つまり、愛の関係性において「愛」を生まない「愛」は悲しく意味のないものであるということである。
また、融合したいという基本的な欲求は、もうひとつの「人間の秘密」を知りたいという欲求と密接にかかわっている。

■愛を達成するための基本条件は、ナルシシズムの克服である。

「真に宗教的な人は、もしも一神教思想の本質に従うならば、
 何かを願って祈ったりしないし、
 神に対して一切なにも求めない
 自分が神について何一つ知らないということを承知している」
これは、まさに、無知の知、足るを知る、他人を認める事である。

■愛の能動的要素としては下記が必要である。

・配慮
・責任
・尊敬
・知

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