見て見ぬふりはどうして起こるのか?私たちはどう対処すればいいのか?

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見て見ぬふりをする社会

見て見ぬふりはなぜ起こるのか?本書ではその原因と対処法を考察する。

似た者同士、愛、同化

「自分を良く思いたいし、安心していたい。・・・似た物に囲まれた環境はこの欲求を満たす」
「自分と同意見の者を見つけた時、、不愉快になるような意見を排除できた時」人は麻薬を摂取した時と同様の快感を感じる。
しかしこの輪の外には目を向けなくなっていってしまう。

愛も同様である。
愛する者との関係を壊したくない、そんなことをするとは信じられないから不倫や虐待、愛する者の犯罪を「見て見ぬふり」をする

仲間外れになることに対する恐れも「見て見ぬふり」を引き起こす。皆がやっていれば倫理に反することもおきやすくなる。
「みな間違っていることを知っていても。目をそらしていれば、自分も他人も見なくてすむ」

 こういった似た者同士のコミュニティでは、考える事が減り、意見が極端な方向に向かいがちな「集団極性化」がおこる。

過労、服従

「人間の脳は過負荷の状態で睡眠不足になると、倫理的な問題を看過するようになる」
服従もまた見て見ぬふりを引き起こす。「簡単で単純であり、特に疲れて、他の事に気を取られ、戦いたくないとき」楽な選択肢となる。
しかし、服従は見て見ぬふりを増幅させる。

距離感

「見て見ぬふりをすることで、その脅威自体が存在しないのだから変わる必要はないというふりをする」
問題の先延ばしのように、脅威から距離を取ることで私たちは見て見ぬふりをする。

多くの人間が関わると無関心が増幅されることは、傍観者効果として知られていよう。
「みなが自分以外の誰かが行動することを望んでいた。」
「責任が拡散し、誰も責任を持たない」
自分は当事者ではないという意識、現実との距離感が問題を起こす。

現場との距離、権力の大きさが認識をゆがめる。
現場から遠く、権力を持った政治家の言葉がどこか「乾いて」聞こえるのはそのせいだろうか。

「金をもらうとその人の倫理的な動機は減っていく」
「金銭的価値で物事を考えると、大局的な倫理観が消し去られてしまう」
金がその人の視野を狭め、考えを失わせてしまう。

対処法

見て見ぬふりにはどう対処すればよいのか?

自分の生活、組織、地域が「同類ばかりで構成されていることを認識し、自分とは違うものにあえて手を伸ばし、・・・そうした努力は得るものが大きいことを認識すべきだ」
つまり多様性が見て見ぬふりの予防手段となる。

また「批判的思考と勇気を持つこと」が大切だとしている。
「私たちは服従を勉強という形で教えられている」

正しい答えを学ぶ段階で止まってはいけない。
「批判的思考を持つには人を喜ばせたいという気持ちに抵抗する」

また批判的思考を身につけても「それにのっとって行動する勇気がなければ、意味がないし、不満が募るだけだ」

疑問を持ち、行動することで「事態を一変させること」ができる。

感想

いじめ、都会の孤独死から、企業の不祥事、大事故まで、原因が見て見ぬふりであるケースは多い。
本書は多様な事例、参考文献を交え、幅広い観点から見て見ぬふりについて考察しておりボリュームはあるが心地よい読後感に浸れた。

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